赤道直下の氷配達

赤道直下の氷配達 第1話「プロローグ:熱砂の帳」

地平線に沈む太陽は、まるで世界を焼き尽くそうとする巨大な炭火のようだった。 赤道都市圏「エクリプス・ベルト」において、日没は救いではない。それは単に、殺人的な熱線が、逃げ場のない湿った熱気に置き換わる合図に過ぎない。午後六時、気温は依然として四十八度を指している。 ナオは、配送センターのコンクリートの床に滴り落ちる汗を拭いもせず、目の前の巨大な鋼鉄の塊を見上げていた。 自動運転貨物車《スノウ・ホワイト号》。全長二十メートルを超えるその車体は、特殊な断熱材で覆われ、内部には数千キログラムの「氷」が詰め込まれている。この世界において、氷は単なる嗜好品ではない。医療機器を冷やし、熱中症で沸騰しかけた

地平線に沈む太陽は、まるで世界を焼き尽くそうとする巨大な炭火のようだった。
 赤道都市圏「エクリプス・ベルト」において、日没は救いではない。それは単に、殺人的な熱線が、逃げ場のない湿った熱気に置き換わる合図に過ぎない。午後六時、気温は依然として四十八度を指している。
 ナオは、配送センターのコンクリートの床に滴り落ちる汗を拭いもせず、目の前の巨大な鋼鉄の塊を見上げていた。
 自動運転貨物車《スノウ・ホワイト号》。全長二十メートルを超えるその車体は、特殊な断熱材で覆われ、内部には数千キログラムの「氷」が詰め込まれている。この世界において、氷は単なる嗜好品ではない。医療機器を冷やし、熱中症で沸騰しかけた人々の脳を守るための、最も原始的で、かつ最も代替の利かない生命維持装置だった。
「ナオ、準備はいいか」
 背後からかけられた声は、油と煙に燻されたような嗄れ声だった。老整備士のゲンだ。彼はかつて、自動運転が普及する前の時代に「ランナー」と呼ばれた伝説のドライバーの一人だった。
「システムチェックは終わりました。あとは中央AIからのルート承認を待つだけです」
 ナオは無機質なコンソールを指差した。十七歳の彼にとって、この巨大なトラックは家であり、職場であり、そして死んだ父の形見でもあった。
 ゲンはナオの傍らに歩み寄ると、周囲を警戒するように見回してから、ぼろ布に包まれた何かを差し出した。
「これを持っていけ」
 ナオが包みを開くと、中から現れたのは古びたアナログ無線機だった。塗装は剥げ、アンテナは曲がっている。
「規定違反ですよ、ゲンさん。今は全車両が中央網(セントラル・グリッド)で繋がっている。こんな旧時代の遺物、使い道がない」
「いいから持っておけ。太陽が荒れている。オーロラが赤く染まる夜は、電子の神様はあてにならん」
 ゲンの言葉に、ナオはわずかに眉をひそめた。観測史上最大の太陽嵐が接近しているというニュースは知っていた。だが、最新の防御シールドを備えた都市管理AIが、たかが太陽の機嫌ひとつで沈黙するとは信じがたかった。
 それでも、ナオは無線機を耐熱スーツの内ポケットに滑り込ませた。父が最後に残した言葉、「効率を疑え」という謎めいた教えが、なぜかその無線機の重みと重なった気がしたからだ。