呼吸する街路樹の下で

呼吸する街路樹の下で 第2話「第1章:光る文字の街」

翌朝、扇動市は未曾有の混乱に包まれていた。 テレビのニュース番組はどこも、街路樹に浮かび上がった「言の葉(ことのは)」の映像を繰り返し流している。専門家と称する人々が、異常気象による樹木の化学反応だの、集団幻覚だのと勝手な推測を述べていたが、市民にとってそんな理屈はどうでもよかった。 人々が熱狂したのは、その「中身」だった。 「おい、これ見てみろよ! あそこの家の旦那、不倫してるらしいぞ!」 「こっちには『会社辞めたい』だって。誰だろうね、これ書いたの」 夜になると、街は奇妙な光景に塗り替えられた。スマホを片手に並木道を練り歩く人々。彼らは他人の「言えなかった言葉」を読み漁り、それをSNSにア

翌朝、扇動市は未曾有の混乱に包まれていた。
 テレビのニュース番組はどこも、街路樹に浮かび上がった「言の葉(ことのは)」の映像を繰り返し流している。専門家と称する人々が、異常気象による樹木の化学反応だの、集団幻覚だのと勝手な推測を述べていたが、市民にとってそんな理屈はどうでもよかった。
 人々が熱狂したのは、その「中身」だった。
「おい、これ見てみろよ! あそこの家の旦那、不倫してるらしいぞ!」
「こっちには『会社辞めたい』だって。誰だろうね、これ書いたの」
 夜になると、街は奇妙な光景に塗り替えられた。スマホを片手に並木道を練り歩く人々。彼らは他人の「言えなかった言葉」を読み漁り、それをSNSにアップしては嘲笑い、あるいは同情の声を上げた。
 扇動市の気温は、連日三十五度を超えていた。アスファルトの熱は引かず、冷房はフル稼働し、都市全体がオーバーヒート寸前だった。その熱を吸い込むように、街路樹の文字は夜ごとに鮮やかさを増していく。
 梓は、学校の行き帰りにその光景を見るのが苦痛でならなかった。人々の秘密が、無防備に晒されている。それはまるで、街全体が巨大な内臓を裏返しにしているかのようだった。
 彼女には、探しているものがあった。
 一ヶ月前、突然姿を消した親友、凛子の手がかりだ。
 凛子は梓と違って、自分の意見をはっきりと言うタイプだった。そんな彼女が、なぜ何も言わずに消えたのか。警察も「家出の可能性が高い」と取り合ってくれない。
 梓は、凛子が最後に見撃された中央公園の入り口にある、巨大なイチョウの木へと向かった。そこは、かつて二人が放課後によくアイスを食べながら将来の話をした場所だった。