廃校体育館のロボット合唱団 第9話「第8章:13番目の声」
体育館の扉が激しく叩かれた。 「開けろ! 浅見、九条! そこにいるのは分かっているんだぞ!」 加藤の怒鳴り声が響くが、陽菜は手を止めなかった。 彼女の全身は、ロボットたちが奏でる音楽と完全に同調していた。指揮棒など持っていなかったが、彼女の指先の動きに合わせて、ロボットたちの声量は増し、表現はより深く、より切なくなっていく。 歌詞は、ダム建設の悲劇を告発するようなものではなかった。 ただ、そこにあった日常を慈しみ、明日への希望を歌う、どこまでも純粋な祈りの歌だった。 『……たとえ姿が見えなくなっても、私たちはここにいる。君が呼んでくれれば、いつでも歌い出す……』 加藤が裏口の鍵を壊し、体育館に
体育館の扉が激しく叩かれた。
「開けろ! 浅見、九条! そこにいるのは分かっているんだぞ!」
加藤の怒鳴り声が響くが、陽菜は手を止めなかった。
彼女の全身は、ロボットたちが奏でる音楽と完全に同調していた。指揮棒など持っていなかったが、彼女の指先の動きに合わせて、ロボットたちの声量は増し、表現はより深く、より切なくなっていく。
歌詞は、ダム建設の悲劇を告発するようなものではなかった。
ただ、そこにあった日常を慈しみ、明日への希望を歌う、どこまでも純粋な祈りの歌だった。
『……たとえ姿が見えなくなっても、私たちはここにいる。君が呼んでくれれば、いつでも歌い出す……』
加藤が裏口の鍵を壊し、体育館になだれ込んできた。背後には解体業者の作業員たちもいた。
「止めろ! 今すぐそのガラクタを止めろ!」
加藤がステージに駆け上がろうとしたその時、一人の男が彼の前に立ちはだかった。
「……そこまでにしてもらおうか、加藤君」
佐伯先生だった。彼はいつの間にか体育館に来ていたのだ。
「佐伯先生! 貴方まで何を……! これは不法侵入ですよ!」
「不法侵入? 私は自分の教え子たちの発表会を見に来ただけだ。君こそ、この美しい歌声を邪魔する権利があるのかね?」
「美しい? こんなものはただの騒音だ! 町の計画を妨害する犯罪行為だ!」
加藤が佐伯を突き飛ばそうとしたその時、体育館の正面玄関がゆっくりと開いた。
そこには、町の人々が立っていた。
パジャマの上にコートを羽織った主婦。作業着姿の男。そして、杖をついた老人たち。
彼らは皆、吸い寄せられるように体育館の中へと入ってきた。
「……この歌、知ってる」
一人の老人が呟いた。
「常盤の……分校で、子どもたちが歌ってた歌だ。わしらが、忘れたふりをしてきた歌だ」
老人の目から、涙がこぼれ落ちた。
「加藤さん、もういいじゃないか」
別の男が言った。
「俺たちは、ずっと苦しかったんだ。あの村を捨てて、名前を消して、それで幸せになれると思ってた。でも、この子たちが歌ってくれるまで、自分が何を失ったのかさえ忘れてたんだ」
加藤は周囲を見回し、言葉を失った。自分を支持してくれるはずの町民たちが、皆、陽菜たちの味方になっていた。
歌はクライマックスを迎えていた。
ユニット13のひしゃげた口から、これまでで最も高い、突き抜けるようなソロパートが響いた。
それは、あの映像の中でユニット13を抱きしめていた少女の声だった。
陽菜は、その声の中に自分の名前を呼ばれたような気がした。
『――陽菜ちゃん、ありがとう――』
幻聴かもしれない。でも、陽菜は確かに微笑んだ。
彼女は最後のタクトを振り抜き、音の余韻が体育館の隅々にまで染み渡るのを見届けた。
完全な静寂が訪れた。
雨は上がり、雲の間から朝の光が差し込んでいた。体育館の埃の粒子が、その光の中でダイヤモンドのように輝いている。
ロボットたちの真空管が、役目を終えたようにゆっくりと暗くなっていった。