廃校体育館のロボット合唱団 第10話「第9章:沈黙を破る決断」
歌が終わった後の体育館は、まるで魔法が解けたかのような静寂に包まれていた。 陽菜はステージの上で、まだ肩で息をしながら、目の前の光景を見つめていた。百人近い町の人々が、誰一人として声を出さず、ただ立ち尽くしている。 加藤は、力なくステージの縁に手をつき、項垂れていた。解体業者の男たちも、重機を動かす気配はない。 「……終わったのね」 陽菜が小さく呟くと、蓮が隣にやってきて、彼女の肩を軽く叩いた。 「ああ。完璧だったぜ。町じゅうのスピーカーからあの歌が流れたんだ。もう『なかったこと』にはできない」 その時、客席の最前列にいた老人が、ゆっくりとステージに近づいてきた。先ほど涙を流していた老人だ。
歌が終わった後の体育館は、まるで魔法が解けたかのような静寂に包まれていた。
陽菜はステージの上で、まだ肩で息をしながら、目の前の光景を見つめていた。百人近い町の人々が、誰一人として声を出さず、ただ立ち尽くしている。
加藤は、力なくステージの縁に手をつき、項垂れていた。解体業者の男たちも、重機を動かす気配はない。
「……終わったのね」
陽菜が小さく呟くと、蓮が隣にやってきて、彼女の肩を軽く叩いた。
「ああ。完璧だったぜ。町じゅうのスピーカーからあの歌が流れたんだ。もう『なかったこと』にはできない」
その時、客席の最前列にいた老人が、ゆっくりとステージに近づいてきた。先ほど涙を流していた老人だ。
「お嬢ちゃん……ありがとう」
彼は震える声で言った。
「わしは、常盤分校の最後の卒業生の一人だ。あの村が沈む時、わしらは大人たちに言われたんだ。『新しい町での生活のために、過去は忘れろ』ってな。わしらも、それが正しいんだと自分に言い聞かせてきた。でも、今の歌を聴いて思い出したよ。わしらの心は、ずっとあのダムの底に置き去りにされたままだったんだ」
老人の言葉をきっかけに、他の人々も口々に話し始めた。
「私の母も、常盤の出身でした。家には一枚も写真が残っていなくて……でも、さっきの歌を聴いたら、母が歌ってくれた子守唄と同じメロディだったんです」
「この体育館も、本当は壊したくなかった。ここだけが、昔の面影を残している唯一の場所だったから」
人々の声は、次第に大きなうねりとなって体育館を満たしていった。それは、加藤たちが恐れていた「恥部の露呈」ではなく、凍りついていた町の記憶が溶け出し、再び流れ始めた音だった。
陽菜は加藤の方を向き、一歩踏み出した。
「加藤さん。このロボットたちは、壊されるために作られたんじゃないはずです。誰かの声を届けるために、ここでずっと待っていたんです」
加藤は顔を上げず、掠れた声で答えた。
「……分かっている。分かっているんだ。私だって、この町の人間だ。子どもの頃、あの分校のロボットたちが歌うのを、遠くから憧れて見ていたんだよ」
彼はゆっくりと立ち上がり、作業員たちの方を向いた。
「……今日の工事は中止だ。役場に戻って、計画の再検討を申し入れる」
体育館に歓声が上がった。しかし、陽菜の心はまだ晴れきってはいなかった。
「加藤さん、一つだけ教えてください。どうして解体を一日早めたんですか? そんなに急いで、何を消したかったんですか?」
加藤は苦い表情で、懐から一通の古い封筒を取り出した。
「……これだよ。役場の金庫の奥に眠っていた、分校閉校時の合意文書だ。そこには、ダム建設の条件として、『体育館を永久に保存し、分校の記憶を継承する施設とする』という項目があった。今の町長や再開発業者は、その約束を反故にして、土地を売却しようとしていたんだ。私は、その証拠が明るみに出る前に、全てを更地にしてしまえと命じられていた」
陽菜は呆然とした。大人の事情の裏には、いつだってさらに深い大人の事情がある。
「でも、もう遅い」
加藤は自嘲気味に笑った。
「君たちが歌わせたあの歌は、何よりも雄弁な証拠だ。町の人々がこれだけ集まった以上、隠し通すことはできない」