廃校体育館のロボット合唱団 第7話「第6章:常盤分校の記憶」
深夜二時。雨は霧へと変わり、琴ノ浦の町を白く包み込んでいた。 陽菜と蓮は、佐伯先生から借りた鍵で体育館の裏口を開けた。暗い館内には、解体準備のためのマーキングが至る所に施され、死刑宣告を待つ囚人のような冷たさが漂っていた。 「急ごう。業者が来るまであと四時間だ」 蓮はユニット13の頭部と自作の電源ユニットをステージに据えた。陽菜は倉庫から十二体のロボットを一台ずつ運び出し、ステージ上に半円を描くように並べた。 ロボットたちは相変わらず沈黙を守っている。しかし、ユニット13が近くに置かれると、その真空管が微かに明滅を始めた。 「……繋ぐぞ」 蓮がユニット13から伸びる通信ケーブルを、一番端のユニ
深夜二時。雨は霧へと変わり、琴ノ浦の町を白く包み込んでいた。
陽菜と蓮は、佐伯先生から借りた鍵で体育館の裏口を開けた。暗い館内には、解体準備のためのマーキングが至る所に施され、死刑宣告を待つ囚人のような冷たさが漂っていた。
「急ごう。業者が来るまであと四時間だ」
蓮はユニット13の頭部と自作の電源ユニットをステージに据えた。陽菜は倉庫から十二体のロボットを一台ずつ運び出し、ステージ上に半円を描くように並べた。
ロボットたちは相変わらず沈黙を守っている。しかし、ユニット13が近くに置かれると、その真空管が微かに明滅を始めた。
「……繋ぐぞ」
蓮がユニット13から伸びる通信ケーブルを、一番端のユニット1に差し込んだ。次いでユニット2、ユニット3と、十二体を数珠繋ぎにしていく。
全ての接続が終わった瞬間、体育館のスピーカーではなく、ロボットたちの体内から低い重低音が響き渡った。
『――ネットワーク……確立。マスター・クロック……同期開始――』
ユニット13のひしゃげた口から、今度ははっきりとした合成音声が流れた。
その直後、陽菜の背後の壁に、ぼんやりとした映像が投射された。
「えっ……?」
それは、ロボットたちの目に内蔵された古いプロジェクター機能だった。レンズの曇りと埃のせいで不鮮明だが、そこには確かに「過去」が映し出されていた。
木造の小さな校舎。校庭で駆け回る子どもたち。そして、その中心で歌う十二体のロボットと、タクトを振る一人の若い教師――それは、三十年前の佐伯先生だった。
『みんな、いいかい。この歌は、私たちの心の住所だ』
映像の中の佐伯が言った。
『たとえここが湖の底に沈んでも、この歌を歌えば、いつでも私たちは常盤に戻れる。ロボットたちが、君たちの声をずっと守ってくれるから』
子どもたちが歌い出す。その歌声は、今の陽菜たちが知っている合唱曲よりもずっと力強く、どこか土の匂いがするような調べだった。
しかし、映像は突如乱れた。
黒塗りの車が校庭に乗り込み、拡声器で何かを叫ぶ大人たち。泣き叫ぶ子どもたちを強引に引き離し、ロボットの電源を引き抜く役人。その中には、若かりし頃の加藤の姿もあった。
『やめて! 壊さないで!』
一人の少女が、ユニット13を庇うように抱きついた。しかし、役人は容赦なく少女を突き飛ばし、ロボットの頭部を蹴り上げた。
映像はそこで途切れた。
「……これが、『恥部』の正体か」
蓮が絞り出すような声で言った。
「ダム建設の反対運動を抑え込むために、町は分校を力ずくで潰したんだ。そして、その記憶を保存していたロボットたちを『故障』として廃棄した。常盤の名前を地図から消したのは、罪悪感を消したかったからなんだよ」
陽菜は膝をついた。映像の中の少女の泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
彼女たちは、ただ自分たちの居場所を守りたかっただけなのに。大人の都合で「なかったこと」にされ、その思い出さえもスクラップにされようとしていた。
「……許せない」
陽菜は立ち上がった。
「蓮、この歌を町じゅうに流せる? 体育館のスピーカーだけじゃなくて、もっと遠くまで」
蓮はニヤリと笑った。
「お安い御用だ。この体育館の屋上には、かつての防災無線の予備アンテナが生きてる。そこに乗っければ、琴ノ浦の全域に放送できるぜ。ただし、一度やれば俺たちは確実に補導されるがな」
「構わない。私たちがやらなきゃ、あの子たちの声は本当にダムの底に沈んじゃう」