廃校体育館のロボット合唱団

廃校体育館のロボット合唱団 第6話「第5章:大人の事情、子どもの居場所」

夜の鉄工所は、溶接の火花と機械油の匂いに満ちていた。 蓮の父親は、黙々と作業を続ける頑固そうな職人だったが、蓮が持ってきたロボットの頭部を見るなり、その手を止めた。 「……こいつは、懐かしいな」 「親父、知ってるのか?」 「ああ。琴ノ浦の工場で作ってた最後のモデルだ。俺がまだ見習いだった頃、設計に関わった先輩がいた。あいつは言ってたよ。『これはただの機械じゃない。人の声を閉じ込める器だ』ってな」 父親は奥の棚から、埃を被った古い変圧器を取り出した。 「ユニット13は特殊な電圧で動く。今のコンセントじゃ焼き切れるぞ。これで調整してやる」 蓮と父親が作業を進める間、陽菜は工場の隅で、先ほど体育館で

夜の鉄工所は、溶接の火花と機械油の匂いに満ちていた。
 蓮の父親は、黙々と作業を続ける頑固そうな職人だったが、蓮が持ってきたロボットの頭部を見るなり、その手を止めた。
「……こいつは、懐かしいな」
「親父、知ってるのか?」
「ああ。琴ノ浦の工場で作ってた最後のモデルだ。俺がまだ見習いだった頃、設計に関わった先輩がいた。あいつは言ってたよ。『これはただの機械じゃない。人の声を閉じ込める器だ』ってな」
 父親は奥の棚から、埃を被った古い変圧器を取り出した。
「ユニット13は特殊な電圧で動く。今のコンセントじゃ焼き切れるぞ。これで調整してやる」
 蓮と父親が作業を進める間、陽菜は工場の隅で、先ほど体育館で聞いた「恥部」という言葉を反芻していた。
 大人はいつだって「効率」や「正しさ」を口にする。閉校も、ダム建設も、きっと彼らにとっては「正しい」選択だったのだろう。でも、その影で押しつぶされた人々の気持ちは、どこへ行くのだろうか。
 陽菜の今の居場所――あの体育館もそうだ。そこがどれだけ自分にとって大切でも、大人が「無駄だ」と決めれば、それは明日には消えてしまう。
「できたぞ」
 蓮の声で、陽菜は我に返った。
 ユニット13の頭部に、無数のコードが繋がれている。蓮がスイッチを入れると、ひしゃげた真鍮の口から、微かな電子音が漏れた。
『……システム……チェック……ユニット1から12……未検出……』
「陽菜、認証キーの抽出に成功した。これで体育館の十二体を同期させられる」
「本当!? じゃあ、明日……」
「ああ。廃棄業者が来る前に、全部のロボットを繋ぐんだ。本当の歌を、町じゅうに響かせてやる」
 しかし、喜びも束の間だった。工場のテレビから流れてきたニュースが、二人の動きを止めた。
『琴ノ浦町は、旧第三中学校体育館の解体工事を一日前倒しし、明朝六時から開始すると発表しました。周辺住民には騒音への理解を求めています』
「一日前倒し……? そんなの、明日じゃない!」
 陽菜は時計を見た。夜の十時を回っている。解体開始まで、あと八時間もない。
「加藤の奴、俺たちが何か嗅ぎ回ってるのに気づいたんだ」
 蓮が悔しそうに机を叩いた。
「どうする? 今から体育館に行っても、鍵がかかってるし、警備も強化されてるはずだ」
 陽菜は立ち上がった。その瞳には、今までになかった強い光が宿っていた。
「鍵なら、心当たりがあるわ。佐伯先生よ」
 陽菜は雨の中、自転車を走らせた。佐伯先生の家は、学校のすぐ裏手にある古い教員住宅だ。
 呼び鈴を何度も鳴らすと、パジャマ姿の佐伯が出てきた。
「浅見さん? こんな時間にどうしたんだ」
「先生、お願いです! 体育館の鍵を貸してください! 明日、あの子たちが壊されちゃうんです。その前に、本当の歌を歌わせてあげたいんです!」
 佐伯は絶句した。陽菜の必死の形相に、彼はかつての教え子たちの姿を重ねたのかもしれない。
「……君たちは、あの歌を聴いてどうするつもりだい? 過去を掘り返しても、ダムの底の村は戻ってこない。閉まった学校も、もう開かないんだよ」
「分かっています! でも、なかったことにされるのは嫌なんです! 私がここにいたことも、あの子たちが歌っていたことも、誰かが覚えていなきゃいけないんです!」
 陽菜の叫びに、佐伯の肩がわずかに震えた。
 彼は無言で家の中に戻り、一本の古びた鍵を持って戻ってきた。
「……これは、私が持っているべきものではなかったのかもしれないな」
 彼は鍵を陽菜の手のひらに置いた。
「行きなさい。そして、あの子たちの声を……常盤の声を、解き放ってやってくれ」