廃校体育館のロボット合唱団

廃校体育館のロボット合唱団 第4話「第3章:地図にない場所」

佐伯先生の言葉は、陽菜の心に重く響いた。「奪われた場所」という響きが、閉校によって自分の居場所を失った今の自分と重なったからかもしれない。 「先生、あの歌の続きを教えてください。ロボットたちはまだ全部は歌えていないんです」 佐伯は窓の外、雨に煙る山々を見つめた。 「私にも分からないんだ。あの歌は、分校の閉校が決まった最後の年に、生徒たちが自分たちで作った歌だからね。楽譜なんてどこにも残っていない。ただ、あの子たちがロボットのメモリに直接歌い込んだんだ。自分たちがここにいた証として」 陽菜は蓮にこのことを伝えた。蓮は興味深そうに顎をさすった。 「メモリに直接……。だとしたら、十二体のロボットそれ

佐伯先生の言葉は、陽菜の心に重く響いた。「奪われた場所」という響きが、閉校によって自分の居場所を失った今の自分と重なったからかもしれない。
「先生、あの歌の続きを教えてください。ロボットたちはまだ全部は歌えていないんです」
 佐伯は窓の外、雨に煙る山々を見つめた。
「私にも分からないんだ。あの歌は、分校の閉校が決まった最後の年に、生徒たちが自分たちで作った歌だからね。楽譜なんてどこにも残っていない。ただ、あの子たちがロボットのメモリに直接歌い込んだんだ。自分たちがここにいた証として」
 陽菜は蓮にこのことを伝えた。蓮は興味深そうに顎をさすった。
「メモリに直接……。だとしたら、十二体のロボットそれぞれが、合唱の各パートを記憶しているはずだ。ソプラノ、アルト、テナー、バス。それらが揃わないと、完全な歌にはならない」
「でも、昨日はみんなで歌っていたわ」
「いや、あれは共鳴現象だ。一体が歌い出すと、他の機体がそれに釣られてノイズを出す。本当の『歌』を再現するには、各機体の独立したメモリを同期させる必要がある。それには専用の『指揮機』が必要なんだ」
 蓮は図書館のテーブルに、ロボットのマニュアルのコピーを広げた。彼が昨日、こっそり役場のゴミ箱から拾ってきたものだ。その紙面は所々が茶色く変色し、何十年もの間、誰の目にも触れられずに放置されていたことを物語っていた。
「見てみろ。コール・ユニットのシステム構成図だ。ユニット1から12までは歌唱用。ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テナー、バリトン、バス……それぞれ二体ずつが対になって、理想的な倍音を生み出す設計になっている。そして、この図の中心を見てくれ。中心に位置する『ユニット13』が、全体を統括する指揮機として定義されているんだ」
 陽菜は身を乗り出して、複雑な回路図を見つめた。
「ユニット13……。でも、体育館の倉庫には十二体しかなかったわ。あの子たちは、リーダーがいないまま、ずっとあそこに置かれていたの?」
「ああ。加藤とかいう役人が言っていた『動かない機械』のリストの中にも、13番目は入っていなかった。マニュアルには明確に存在するのに、現物がない。これが第一の謎だ。指揮機がなければ、あの子たちはただの断片的な音を出すことしかできない。昨日聴いたあのハーモニーは、いわば機体同士の『共鳴』による偶然の産物でしかないんだ。本当の歌は、もっと……次元が違うはずだぜ」
 蓮の言葉に、陽菜は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
 統合校の音楽室にある、何百万もする最新のシンセサイザー。それは確かに正確な音を出すけれど、あの倉庫のロボットたちが発した、空気を震わせるような「熱」は持っていなかった。
「探しに行こう、蓮。13番目がいなきゃ、あの子たちは本当の声を失ったまま壊されちゃう」
 二人は放課後、再び体育館へ忍び込んだ。加藤が言っていた「閉鎖」まではまだ数日の猶予があるが、入り口には既に『立入禁止』の黄色いテープが物々しく貼られていた。それを潜り抜け、薄暗い館内を進む。
 蓮はテスターとノートパソコンを取り出し、ロボットたちの背面端子に次々と接続していった。彼の指先は、まるで外科医のように慎重で、かつ迅速だった。
「陽菜、ちょっとこの端子を押さえててくれ。接触が悪いんだ。三十年分の錆がこびりついてやがる」
 陽菜が指示通りに、冷たく硬い真鍮の感触を指に感じていると、蓮が激しくキーボードを叩いた。
 ロボットのスピーカーから、昨日のような澄んだ音ではなく、砂嵐のような激しいノイズが溢れ出した。それは、長い間閉ざされていた記憶が、無理やりこじ開けられた時の悲鳴のようにも聞こえた。
『――ザザッ……ト……ワ……ノ……――』
 ノイズの合間に、掠れた少年の声が聞こえたような気がした。陽菜は思わず手を離しそうになったが、蓮が鋭く「離すな!」と叫んだ。
「データの断片を拾ってる。……よし、吸い出したぞ」
 蓮の画面には、波形データがびっしりと並んでいた。彼はそれを複雑なアルゴリズムで解析し、意味のある音へと再構成していく。
「陽菜、これを見ろ。この周波数……普通の合唱曲じゃない。特定の地磁気や気温の変化に反応して、音程を変えるようにプログラミングされてる。つまり、この子たちは『その場所の空気』そのものを記録していたんだ」
 陽菜は、ロボットの胸元に刻まれた小さな紋章を見つけた。それは、今の琴ノ浦町の町章とは違う、三つの葉が重なり合ったようなデザインだった。
「これが、常盤分校の校章……?」
 彼女がその紋章をなぞると、ロボットの真空管がチカチカと点滅し、まるで彼女の体温に応えるように、微かな熱を発した。その熱は、単なる機械の排熱ではなく、誰かの手のひらの温もりのように陽菜の指先に伝わってきた。
「ねえ、蓮。この子たち、ずっと寂しかったのかもしれない。誰にも歌を聴いてもらえなくて、暗い倉庫でずっと……」
「……機械に感情なんてないさ。でも、こいつを作った奴の執念は感じるな。何があってもこの声を残すんだっていう、執念に近い意志をよ」
「やっぱりだ。メモリが断片化してる。それに、一部のデータに強力なプロテクトがかかってるな。まるで、誰かがこの歌を二度と再生させないように封印したみたいだ」
「封印? どうしてそんなことを」
「分からない。でも、このプロテクトを解除するには、ユニット13の認証キーが必要だ。13番目を見つけない限り、本当の歌は聞けない」
 陽菜は倉庫の隅々まで探し回った。跳び箱の裏、マットの隙間、古い得点板の影。しかし、どこにも木製の筐体は見当たらない。
 ふと、陽菜はステージの床板の一部が、わずかに浮いていることに気づいた。
 彼女は爪を立ててその板を持ち上げた。そこには、小さな地下空間――かつての舞台装置の点検口があった。
 暗がりに手を伸ばすと、冷たい金属の感触があった。
「蓮、これ!」
 引き上げたのは、ロボットの頭部だけだった。体はなく、真鍮の網も無残にひしゃげている。しかし、その額の部分には、はっきりと『Unit 13』の刻印があった。