廃校体育館のロボット合唱団 第3話「第2章:失われた歌詞の断片」
「勝手に入ってもらっては困るな。ここはもうすぐ閉鎖されるんだ」 役場の職員、加藤が不機嫌そうに言った。彼は手に持った書類を陽菜たちに見せつけるように振った。 「閉鎖? そんなの聞いてません。ここは私たちの学習室なのに」 陽菜が抗議すると、加藤は鼻で笑った。 「学習室? ただの溜まり場だろう。老朽化が進んで危険なんだ。来月には解体業者が入る。この倉庫のガラクタも全部処分だ」 ガラクタ。その言葉に、陽菜の隣で蓮の拳が震えた。 「これはガラクタじゃない。コール・ユニットの初期型だ。歴史的価値がある」 「価値なんてないよ。動かない機械に何の意味がある? さあ、さっさと帰りなさい」 加藤に促され、陽菜た
「勝手に入ってもらっては困るな。ここはもうすぐ閉鎖されるんだ」
役場の職員、加藤が不機嫌そうに言った。彼は手に持った書類を陽菜たちに見せつけるように振った。
「閉鎖? そんなの聞いてません。ここは私たちの学習室なのに」
陽菜が抗議すると、加藤は鼻で笑った。
「学習室? ただの溜まり場だろう。老朽化が進んで危険なんだ。来月には解体業者が入る。この倉庫のガラクタも全部処分だ」
ガラクタ。その言葉に、陽菜の隣で蓮の拳が震えた。
「これはガラクタじゃない。コール・ユニットの初期型だ。歴史的価値がある」
「価値なんてないよ。動かない機械に何の意味がある? さあ、さっさと帰りなさい」
加藤に促され、陽菜たちは渋々体育館を後にした。しかし、佐伯先生だけは、去り際に陽菜たちの様子をじっと見つめていた。その目は、何かを警告しているようでもあり、あるいは懐かしんでいるようでもあった。
帰り道のバスの中で、陽菜はノートに書き留めた歌詞の断片を見つめていた。
『常盤(ときわ)の森、銀の川、消えない灯(ともしび)を胸に抱いて』
「ねえ、蓮。この『常盤』って、どこか知ってる?」
蓮は窓の外の景色を眺めながら首を振った。
「いや。琴ノ浦には常盤なんて地名はない。隣町にも、その隣にもだ」
「でも、ロボットたちは確かにそう歌ったわ。あの子たちは、誰かが教えた歌を覚えているんでしょう?」
「ああ。コール・ユニットは『記憶する機械』だ。かつて誰かが歌った声を、そのまま録音して再生する機能がある。あの歌は、昔この町の誰かが歌っていたものに違いない」
陽菜は胸の奥がざわつくのを感じた。
地図にない地名。誰も知らない歌。および、廃棄されようとしているロボットたち。
翌日、陽菜は学校の図書館で古い町史を調べ始めた。今の琴ノ浦町は、三十年前の市町村合併でいくつかの村が合わさってできたものだ。彼女は埃っぽい資料室の隅で、一冊の古い郷土誌を見つけた。
そこには、かつてこの地域にあった「分校」の記録が記されていた。
『琴ノ浦市立第三中学校 常盤分校。昭和五十五年、ダム建設に伴う集落移転により閉校』
陽菜の手が止まった。
常盤。そこは、今はダムの底に沈んでいる場所だった。
しかし、おかしい。陽菜が通っていた第三中学校の歴史には、分校の存在など一言も触れられていなかった。まるで、最初からなかったかのように、その名前は町の公式な記録から消されていたのだ。
「どうして……?」
陽菜が呟いたその時、背後から足音がした。
「それを探していたのかい」
振り返ると、そこには佐伯先生が立っていた。彼は昨日の厳しい表情とは打って変わって、悲しげな微笑を浮かべていた。
「先生、知っているんですか? 常盤分校のこと」
「……私の最初の赴任先だったんだ。あのロボットたちと一緒にね」
佐伯は陽菜の隣に座り、古い郷土誌のページを指でなぞった。
「でも、あの歌は……あの子たちが歌っている歌は、ただの校歌じゃない。あれは、あの場所を奪われた子どもたちが、最後に残した『叫び』なんだ」