誰もいない選挙の投票箱

誰もいない選挙の投票箱 第9話「第8章:コトダマの正体」

節子は震える手で、最初の一枚のカードを機械に差し込んだ。 ガチャン、という重い金属音が体育館に響き渡った。 次の瞬間、体育館の照明が激しく明滅し、バチバチと火花が散った。古い機械の内部から、鈍い琥珀色の光が漏れ出し、錆びついていたはずの歯車がゆっくりと、しかし力強く回り始めた。 キィィィィ……という、耳を劈くような高周波の音が響き渡り、フロンティア・テックの男たちが耳を押さえてうずくまった。デジタルの世界には存在しない、物理的な振動が空気を震わせる。 「何だ……この音は! 機械を止めろ!」 権藤が叫ぶが、節子は動じない。彼女は次々とカードを差し込んでいく。 機械のスピーカーから、ノイズ混じりの

節子は震える手で、最初の一枚のカードを機械に差し込んだ。
 ガチャン、という重い金属音が体育館に響き渡った。
 次の瞬間、体育館の照明が激しく明滅し、バチバチと火花が散った。古い機械の内部から、鈍い琥珀色の光が漏れ出し、錆びついていたはずの歯車がゆっくりと、しかし力強く回り始めた。
 キィィィィ……という、耳を劈くような高周波の音が響き渡り、フロンティア・テックの男たちが耳を押さえてうずくまった。デジタルの世界には存在しない、物理的な振動が空気を震わせる。
「何だ……この音は! 機械を止めろ!」
 権藤が叫ぶが、節子は動じない。彼女は次々とカードを差し込んでいく。
 機械のスピーカーから、ノイズ混じりの声が聞こえてきた。それは、一人の人間の声ではなかった。数百、数千という人々の呟きが重なり合った、地鳴りのような響きだった。
『……ここで生まれた……』
『……山を守ってきた……』
『……俺たちはまだ、ここにいる……』
『……名前を消さないでくれ……』
 声は次第に明瞭になり、体育館の壁に反響した。それは、かつてこの町で働き、消えていった炭鉱夫たちの声であり、そして今、システム上で「存在しない」ことにされた住民たちの切実な叫びだった。
 遥は目を見開いた。機械の横に設置された古いモノクロモニターに、次々と名前が表示されていく。
 田中、佐藤、鈴木……。システム上で「転出済み」とされた人々の名前が、パンチカードの穴を通じて物理的なデータとして復元されていくのだ。それだけではない。名簿に載っていなかったレンや、飯場の人々の「意志」までもが、カードを通じて可視化されていく。
「コトダマは、単なる投票機ではありません」
 節子が誇らしげに言った。
「これは、土地の記憶と人々の意志を同期させる装置です。かつての先人たちは、どんなに権力者が歴史を書き換えようとしても、この大地に刻まれた真実だけは消せないと考えた。このパンチカードには、住民一人ひとりの生体データと結びついた『意志の波形』が記録されているのです。デジタルの嘘を、アナログの真実が撃ち抜くのです!」
「バカな……そんなオカルトが通用するか! 今の時代はデータがすべてだ!」
 権藤が機械に飛びかかろうとしたが、レンが立ちはだかった。その巨体は、揺るぎない壁のように町長を押し戻した。
「オカルトじゃないぜ、町長。あんたが信じているデジタルの方が、よっぽど脆い幻影だったってことだ。あんたは数字を操ったが、俺たちは魂を刻んだんだよ」