誰もいない選挙の投票箱 第13話「第12章:奥深町の決断」
一週間後。奥深町を巡る騒動は、連日全国ニュースのトップで報じられていた。「消滅可能性都市で起きた民主主義の危機」という見出しが躍り、ワイドショーでは専門家たちがこぞって地方自治の在り方を論じていた。 フロンティア・テックによる大規模な不正操作と、それに加担した町長側の罪状は、父・正和が命がけで守ったログデータによって白日の下に晒された。権藤前町長をはじめとする関係者は次々と逮捕され、癒着の構造は徹底的に解明されることになった。リゾート売却計画は完全に白紙に戻り、町は再び「消滅の危機」という、以前よりもさらに厳しく、そして生々しい現実と向き合うことになった。 だが、以前とは決定的に違うことがあっ
一週間後。奥深町を巡る騒動は、連日全国ニュースのトップで報じられていた。「消滅可能性都市で起きた民主主義の危機」という見出しが躍り、ワイドショーでは専門家たちがこぞって地方自治の在り方を論じていた。
フロンティア・テックによる大規模な不正操作と、それに加担した町長側の罪状は、父・正和が命がけで守ったログデータによって白日の下に晒された。権藤前町長をはじめとする関係者は次々と逮捕され、癒着の構造は徹底的に解明されることになった。リゾート売却計画は完全に白紙に戻り、町は再び「消滅の危機」という、以前よりもさらに厳しく、そして生々しい現実と向き合うことになった。
だが、以前とは決定的に違うことがあった。町の空気が、どこか変わったのだ。
役場のロビーには、手書きの修正が加えられた新しい住民名簿が掲示されていた。そこには、レンたち季節労働者や、これまで「行政上の不備」として無視され続けてきた人々の名前が、暫定的な住民として、確かにそこに記載されていた。
彼らに正式な権利を与えるための議論は、まだ始まったばかりだ。財政難や過疎化、高齢化といった山積する問題は何一つ解決していない。むしろ、不正が発覚したことで、町はさらなる困難に直面するかもしれない。反対派と賛成派の間に残った禍根も深く、対立や混乱はこれからも続くだろう。だが、少なくとも彼らはもう「透明」ではなかった。自分たちがこの町の一員であることを認め合い、互いの顔を見ながら、どうやってこの困難を乗り越えていくかを話し合うための、泥臭くも確かな土台ができたのだ。それは、どんな豪華なリゾート施設よりも、この町にとって価値のあるものだった。
遥は、卒業式の準備が進む体育館を訪れた。
あの日、世界を変えた古い機械「コトダマ」は、再び厚い布を被せられ、壁際に静かに眠っていた。だが、その布の下には、確かに鼓動が残っているような気がした。
「……ありがとう」
遥は鉄の肌にそっと触れた。冷たい感触が、あの日見た琥珀色の熱を思い出させる。
体育館の裏口へ回ると、レンが古いトラックの荷台に荷物を積んでいた。
「行くの?」
「ああ。別の現場だ。隣の市で道路を作る仕事がある。……だが、住所はここにしたままにするよ。税金くらいは払ってやるさ。幽霊じゃなくなったんだからな」
レンはそう言って、ぶっきらぼうに笑った。その顔には、以前のような刺々しさはなかった。
「遥、あんたはどうするんだ? 大学へ行くんだろ」
「うん。法学部に行こうと思ってる。……システムの穴を探すためじゃなくて、誰も穴に落ちないようにするための方法を勉強したいから。いつか、この町に恩返しができるように」
遥の言葉に、レンは少しだけ意外そうな顔をし、それから満足げに頷いた。
「いいんじゃないか。あんたなら、もっといい『コトダマ』を作れるかもな。今度は機械じゃなくて、人間の心の中に」
トラックがエンジン音を響かせ、砂煙を上げて走り出す。遥は、彼が見えなくなるまで手を振り続けた。