明日を冷凍するスーパーマーケット 第8話「第七章:停滞する街の呼吸」
休業中、冬馬は街を歩いてみた。 烏森市は、どこにでもある地方都市だ。シャッターの降りた商店街、古びた街灯、夜になると人通りが絶える住宅街。 だが、今の冬馬の目には、その風景が違って見えた。 街のあちこちに、小さな「不幸」の種が落ちている。段差のある歩道、緩んだガードレール、疲れ果てた顔で自転車を漕ぐ会社員。 本来なら、これらの種は芽吹き、誰かの日常を少しだけ損なうはずだ。転んで膝を擦り、車をぶつけ、風邪を引く。そうした小さな不幸の積み重ねが、街の時間を動かしている。 だが、あの冷凍庫が不幸を「冷凍」して保存しているせいで、この街の時間はどこか澱んでいるように感じられた。 「冬馬くん」 後ろから
休業中、冬馬は街を歩いてみた。
烏森市は、どこにでもある地方都市だ。シャッターの降りた商店街、古びた街灯、夜になると人通りが絶える住宅街。
だが、今の冬馬の目には、その風景が違って見えた。
街のあちこちに、小さな「不幸」の種が落ちている。段差のある歩道、緩んだガードレール、疲れ果てた顔で自転車を漕ぐ会社員。
本来なら、これらの種は芽吹き、誰かの日常を少しだけ損なうはずだ。転んで膝を擦り、車をぶつけ、風邪を引く。そうした小さな不幸の積み重ねが、街の時間を動かしている。
だが、あの冷凍庫が不幸を「冷凍」して保存しているせいで、この街の時間はどこか澱んでいるように感じられた。
「冬馬くん」
後ろから声をかけられた。紗季だった。彼女もまた、休業中の店が気になってやってきたらしい。
「……顔色、悪いよ」
「紗季ちゃんこそ。ちゃんと眠れてるか?」
二人は公園のベンチに座った。子供たちの笑い声が遠くで聞こえるが、それがひどく現実味のない音に聞こえた。
「私ね、マイちゃんのところへ行ってきたんだ」
紗季がぽつりと話し出した。
「赤ちゃん、元気だったよ。マイちゃんも『あの時のガス点検の人に感謝しなきゃ』って言ってた。……でもね、私、素直に喜べなかった」
彼女は自分の掌を見つめた。
「あの店が壊れていくのを見た時、私、怖いって思っちゃった。誰かの命より、自分のバイト先や、冬馬くんが消えちゃうことの方が怖いって。私、最低だよね」
「……いや、それが普通だよ」
冬馬は彼女の肩に手を置こうとして、躊躇して引っ込めた。
「僕だって怖い。次に冷凍庫を開けるのが、死ぬほど恐ろしいんだ」
善意は、無償ではない。それは誰かの血や、誰かの居場所を削って作られる劇薬だ。
二人は沈黙したまま、暮れていく街を見つめていた。
烏森市の空は、不気味なほど綺麗な茜色に染まっていた。それは、嵐の前の静けさのような、危うい均衡の上に成り立つ美しさだった。