明日を冷凍するスーパーマーケット 第5話「第四章:激辛の警告」
数日後、営業を再開した「蔵屋」の夜勤に、冬馬と紗季の姿があった。 二人の間に会話は少なかった。野菜の腐敗事件以来、紗季の明るさは影を潜め、何かに怯えるような素振りを見せていた。 だが、午前三時が近づくと、二人の視線は自然と冷凍庫の扉へと向かう。 「……見に行くの?」 紗季が掠れた声で尋ねた。 「……ああ。見ないわけにはいかない」 冬馬は重い足取りで冷凍庫に入った。店長の忠告は頭に刻まれている。だが、もし誰かの命に関わることが書かれていたら? それを知らないまま過ごすことは、冬馬にはできなかった。 棚の奥。冷気の霧が立ち込めるその場所に、真っ赤なパッケージのレトルトカレーが置かれていた。 商品名
数日後、営業を再開した「蔵屋」の夜勤に、冬馬と紗季の姿があった。
二人の間に会話は少なかった。野菜の腐敗事件以来、紗季の明るさは影を潜め、何かに怯えるような素振りを見せていた。
だが、午前三時が近づくと、二人の視線は自然と冷凍庫の扉へと向かう。
「……見に行くの?」
紗季が掠れた声で尋ねた。
「……ああ。見ないわけにはいかない」
冬馬は重い足取りで冷凍庫に入った。店長の忠告は頭に刻まれている。だが、もし誰かの命に関わることが書かれていたら? それを知らないまま過ごすことは、冬馬にはできなかった。
棚の奥。冷気の霧が立ち込めるその場所に、真っ赤なパッケージのレトルトカレーが置かれていた。
商品名は「地獄の激辛・火炎カレー」。パッケージには、燃え盛る炎のイラストと、挑戦的な表情をした唐辛子のキャラクターが描かれている。あまりにも悪趣味で、不吉なデザインだった。
冬馬は震える指でラベルを確認した。
『明日:午後八時 火災(烏森町三丁目四番地 コーポ・サニー)』
冬馬は肺の中の空気がすべて凍りつくような感覚に陥った。
コーポ・サニー。そこは、紗季が以前から何度も話題に出していたアパートだ。彼女の大学の親友であるマイが住んでいる場所であり、冬馬も一度、紗季のスマホで見せてもらった写真の中にその外観を記憶していた。
冷凍庫を出た冬馬の顔は、死人のように蒼白だった。それを見た紗季が、品出しの手を止めて駆け寄ってくる。
「冬馬くん? どうしたの、そんな顔して。……また、あったの?」
冬馬は躊躇した。店長の警告が耳の奥で鳴り響いている。教えれば、彼女は必ず助けようとするだろう。そして、また「代償」が発生する。前回の野菜の腐敗事件で、店は大きな損害を出したばかりだ。今度は何が起きるのか。電気系統か、建物自体か、あるいは自分たちの命か。
だが、紗季の真っ直ぐで必死な眼差しを前にして、冬馬は沈黙を貫くことができなかった。
「……コーポ・サニーで、火事が出る。明日の夜八時だ」
紗季の顔から、一瞬にして血の気が引いた。彼女は手に持っていた補充用の商品を床に落とした。プラスチックの容器が跳ねる音が、静かな店内に空虚に響く。
「……嘘。そこ、マイちゃんの家だよ。ついこの間、赤ちゃんが生まれたばかりで、お祝いに行こうって約束してたのに……」
彼女の肩が激しく震え始める。瞳には大粒の涙が溜まり、今にも溢れ出しそうだった。
「助けなきゃ。ねえ、冬馬くん。代償なんて関係ないよ! 赤ちゃんが、小さな命が死んじゃうかもしれないんだよ? 野菜が腐るくらい、照明が切れるくらい、どうだっていいじゃん! そんなの、お金で解決できることだよ!」
「紗季ちゃん、落ち着け。店長の話を聞いただろ。代償は目に見えるものだけじゃないんだ。僕たちの存在そのものが、この世界から消し去られるかもしれないんだぞ」
「そんなの、後で考えればいい! 今、目の前で消えようとしている命を見捨てて、何が『夜の戦友』だよ! 何が『蔵屋』だよ! 私たちはただのレジ打ちじゃないでしょ!?」
紗季の叫びは、夜のスーパーマーケットの静寂を暴力的に切り裂いた。その言葉は、冬馬の心の中にあった臆病な防衛本能を粉々に砕いた。
冬馬は拳を強く握りしめ、血が滲むほどに爪を立てた。彼女の言う通りだ。倫理や因果の均衡を語る前に、人としてなさねばならないことがある。
「……わかった。行こう。でも、直接火を消しに行くんじゃない。火元を確認して、未然に防ぐんだ。それなら、因果の歪みを最小限に抑えられるかもしれない」
二人は、禁断の扉の向こう側にある未来へと、再び足を踏み出す決意を固めた。それは、自分たちの破滅を招くかもしれない、危険極まりない選択だった。