明日を冷凍するスーパーマーケット 第4話「第三章:店長の忠告と前任者の影」
翌日、スーパー「蔵屋」は臨時休業を余儀なくされた。青果コーナーの壊滅的な腐敗は、保健所の調査が入るほど異常な事態だったからだ。結局、原因は「特定不能の急速な菌の繁殖」として処理されたが、冬馬と紗季、そして店長だけは真実を知っていた。 薄暗い店内で、冬馬は一人、腐った野菜を廃棄用の袋に詰めていた。レタスの葉が指の間で崩れ、冷たい泥のような感触が伝わる。それはまるで、自分が無理やり捻じ曲げた未来の残骸のようだった。 「如月、少し休め」 店長が缶コーヒーを二つ持ってやってきた。彼は冬馬の隣に腰掛け、深いため息をついた。 「……店長。知っていたんですか。あの冷凍庫のこと」 店長は答えず、コーヒーのプル
翌日、スーパー「蔵屋」は臨時休業を余儀なくされた。青果コーナーの壊滅的な腐敗は、保健所の調査が入るほど異常な事態だったからだ。結局、原因は「特定不能の急速な菌の繁殖」として処理されたが、冬馬と紗季、そして店長だけは真実を知っていた。
薄暗い店内で、冬馬は一人、腐った野菜を廃棄用の袋に詰めていた。レタスの葉が指の間で崩れ、冷たい泥のような感触が伝わる。それはまるで、自分が無理やり捻じ曲げた未来の残骸のようだった。
「如月、少し休め」
店長が缶コーヒーを二つ持ってやってきた。彼は冬馬の隣に腰掛け、深いため息をついた。
「……店長。知っていたんですか。あの冷凍庫のこと」
店長は答えず、コーヒーのプルタブを開けた。カチッという乾いた音が店内に響く。
「俺がこの店の店長になったのは五年前だ。その時、前の店長から引き継ぎを受けたんだよ。『三時の棚卸しだけは、慎重にやれ』とな」
店長の話によれば、この「蔵屋」という店は、かつて街の境界にあった小さな社を壊して建てられたのだという。土地の神か、あるいは因果の淀みか。何らかの力がこの場所に残り、スーパーの「インフラ」という性質と結びついて、あのような現象を引き起こしているらしい。
「前の夜勤担当者も、君と同じように予言に気づいた」
店長の声が一段と低くなる。
「彼は正義感の強い男だった。予言を見るたびに街へ飛び出し、事故を防ぎ、病人を助け、不幸を未然に消し去っていった。最初は誰もが彼を感謝したよ。だが、彼が未来を変えるたび、店の中が少しずつ壊れていった」
「壊れる?」
「最初は電球が切れる程度だった。それが冷蔵庫の故障になり、棚の崩落になり……最後には、店の一部ではなく、彼自身が『代償』になった」
店長は事務所の入り口を指差した。そこには、色褪せたスタッフ名札が一つ、壁の隙間に挟まったまま残されていた。
「彼はある夜、冷凍庫に入ったまま戻ってこなかった。扉を開けた時には、もう誰もいなかったよ。彼の存在そのものが、この街の因果の帳尻を合わせるために消費されたんだ」
冬馬は背筋が凍るのを感じた。自分の存在が消える。それは死よりも恐ろしい、根源的な消滅だ。
「如月、君に忠告しておく。あの冷凍庫は、未来を救うための道具じゃない。未来という名の『在庫』を管理するための場所だ。在庫が狂えば、店は潰れる。店が潰れれば、君も消える」
店長はそう言い残して、暗いバックヤードへと消えていった。
冬馬は手の中の缶コーヒーを見つめた。冷たいはずのそれは、いつの間にか冬馬の体温で生温くなっていた。
救いたいという善意が、自分自身を、そして大切な居場所を破壊する。
その矛盾に、冬馬は立ち竦むしかなかった。