明日を冷凍するスーパーマーケット

明日を冷凍するスーパーマーケット 第2話「第一章:予言の棚」

その日の深夜、冬馬は祈るような気持ちで冷凍庫の扉を開いた。 紗季はレジでスマホをいじっており、店長の九条は相変わらず事務所で仮眠を取っている。店内には客が一人もいない。 冬馬は品出しを素早く済ませると、冷凍庫の最奥へと足を進めた。 あった。 昨夜と同じ場所。昨日あったパンは消え、代わりに別の商品が置かれている。今度は六個入りの卵パックだった。だが、中身の卵はすべて殻が割れており、ドロリとした黄身が透明なケースの中で固まっている。 ラベルを確認する。 『明日:午前二時四十分 割れ卵(店内三番通路)』 時計を見る。現在は午前二時十五分。あと二十五分後だ。 冬馬は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。もし

その日の深夜、冬馬は祈るような気持ちで冷凍庫の扉を開いた。
 紗季はレジでスマホをいじっており、店長の九条は相変わらず事務所で仮眠を取っている。店内には客が一人もいない。
 冬馬は品出しを素早く済ませると、冷凍庫の最奥へと足を進めた。
 あった。
 昨夜と同じ場所。昨日あったパンは消え、代わりに別の商品が置かれている。今度は六個入りの卵パックだった。だが、中身の卵はすべて殻が割れており、ドロリとした黄身が透明なケースの中で固まっている。
 ラベルを確認する。
『明日:午前二時四十分 割れ卵(店内三番通路)』
 時計を見る。現在は午前二時十五分。あと二十五分後だ。
 冬馬は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。もしこれが本当に未来を予言しているのなら、あと二十分ほどで、この店の三番通路で卵が割れる事件が起きる。
 三番通路は、調味料や乾物が並ぶエリアだ。床は綺麗に清掃されており、滑るような要素は何もない。
 冬馬は意を決して、三番通路に向かった。モップを手に持ち、何が起きても対応できるように待機する。
 二時三十五分。
 自動ドアが開き、一人の客が入ってきた。工事現場の帰りだろうか、作業着を着た大柄な男だ。男は迷うことなく三番通路へ歩いてくる。
 冬馬は息を殺して見守った。男の手には、カゴも何も持たれていない。ただ、ポケットから財布を取り出そうとした、その時だった。
 男の靴底が、床に落ちていた小さな油のシミを捉えた。
「おっと!」
 男がバランスを崩し、棚に激しくぶつかる。その衝撃で、棚の端に陳列されていた「特売の卵パック」が床に滑り落ちた。
 パシャリ、と嫌な音がして、床に黄色い染みが広がる。
「あちゃー、悪いね兄ちゃん。弁償するよ」
 男が申し訳なさそうに言う。冬馬は呆然としながら、「いえ、大丈夫です。お怪我はありませんか」と機械的に答えた。
 予言は、またしても的中した。
 冬馬は震える手でモップを動かし、割れた卵を拭き取った。頭の中では、あの冷凍庫の光景が反芻されていた。
 未来は決まっている。変えられない運命として、あの冷たい棚に陳列されているのだ。
 だが、同時に冬馬の心には、別の感情が芽生えていた。
 もし、次に「もっと悪いこと」が予言されたら?
 もし、誰かが死ぬような未来がそこにあったら、自分はそれを黙って見ていられるだろうか。
 冬馬はモップをバケツに突っ込み、強く絞った。汚れた水が滴り落ちる。
 彼はまだ知らなかった。未来を変えるという行為が、どれほど残酷な代償を必要とするのかを。