明日を冷凍するスーパーマーケット 第13話「第十二章:明日への選択」
午前二時十五分。 冬馬と紗季は、店の中で祈るように時計を見つめていた。 花村さんの自宅は、店から歩いて数分の場所にある。もし異変があれば、救急車のサイレンが聞こえるはずだ。 二時十六分。 二時十七分。 外は静まり返っている。風の音さえ聞こえない。 「……冬馬くん」 紗季が不安そうに名前を呼ぶ。 その時だった。 遠くで、微かにサイレンの音が響いた。 音は次第に大きくなり、街の静寂を切り裂いていく。 冬馬は店を飛び出した。国道を走る救急車の赤い光が、花村さんの住むアパートの方角へと向かっていくのが見えた。 「花村さん!」 冬馬は走り出した。心臓が破裂しそうだった。 アパートの前に着くと、ちょうど救
午前二時十五分。
冬馬と紗季は、店の中で祈るように時計を見つめていた。
花村さんの自宅は、店から歩いて数分の場所にある。もし異変があれば、救急車のサイレンが聞こえるはずだ。
二時十六分。
二時十七分。
外は静まり返っている。風の音さえ聞こえない。
「……冬馬くん」
紗季が不安そうに名前を呼ぶ。
その時だった。
遠くで、微かにサイレンの音が響いた。
音は次第に大きくなり、街の静寂を切り裂いていく。
冬馬は店を飛び出した。国道を走る救急車の赤い光が、花村さんの住むアパートの方角へと向かっていくのが見えた。
「花村さん!」
冬馬は走り出した。心臓が破裂しそうだった。
アパートの前に着くと、ちょうど救急隊員が花村さんをストレッチャーに乗せて運び出しているところだった。
彼女は意識があった。苦しそうではあったが、その手にはしっかりと電話機が握られていた。
彼女は、自分で選んだのだ。
死を受け入れるのではなく、自分の意志で助けを求めることを。
冬馬と目が合うと、彼女は微かに微笑み、頷いた。
救急車が走り去った後、冬馬は膝から崩れ落ちた。
激しい疲労感と共に、ある感覚が彼を襲った。
自分の輪郭が、はっきりとそこにある感覚。
店に戻ると、紗季が驚いた顔で迎えてくれた。
「冬馬くん、見て!」
彼女が指差したのは、パンの棚だった。
花村さんが買ったのと同じあんぱんが、数個だけ、棚から落ちて潰れていた。
だが、それだけだった。
野菜も腐っていない。乳製品も爆発していない。照明も、冷蔵ケースも、すべて正常に動いている。
「……代償が、これだけ?」
紗季が信じられないという顔で呟く。
店長が事務所から出てきて、潰れたあんぱんを拾い上げた。
「……当事者が自ら未来を選んだ場合、因果の歪みは最小限に抑えられる。店長ノートの伝説は本当だったようだな」
店長は冬馬の肩を叩いた。
「如月。君は今日、この街の因果を書き換えたんじゃない。花村さんの意志を、守ったんだ」
冬馬は、潰れたあんぱんを見つめた。
それは、世界を救うための巨大な犠牲ではなく、一人の老人が明日を生きるために支払った、ささやかな代償だった。