明日を冷凍するスーパーマーケット

明日を冷凍するスーパーマーケット 第10話「第九章:介入のジレンマ」

冷凍庫を出た冬馬は、ふらふらとした足取りでレジに向かった。 「冬馬くん? どうしたの、顔が真っ白だよ」 紗季が駆け寄ってくる。冬馬は言葉が出なかった。彼女にこれを伝えていいものか。伝えれば、彼女はまた「助けよう」と言うに違いない。 「……なんでもない。ちょっと冷えただけだ」 「嘘だよ。見せて、今日の予言」 紗季が冬馬の手からあんぱんをひったくろうとした。冬馬はそれを拒んだが、もみ合ううちにパンが床に落ち、ラベルが彼女の目に触れてしまった。 「……花村さん?」 紗季の声が震える。彼女も花村さんのことを慕っていた。 「期限切れって……これ、死んじゃうってこと?」 「……おそらくね」 「助けなきゃ!

冷凍庫を出た冬馬は、ふらふらとした足取りでレジに向かった。
「冬馬くん? どうしたの、顔が真っ白だよ」
 紗季が駆け寄ってくる。冬馬は言葉が出なかった。彼女にこれを伝えていいものか。伝えれば、彼女はまた「助けよう」と言うに違いない。
「……なんでもない。ちょっと冷えただけだ」
「嘘だよ。見せて、今日の予言」
 紗季が冬馬の手からあんぱんをひったくろうとした。冬馬はそれを拒んだが、もみ合ううちにパンが床に落ち、ラベルが彼女の目に触れてしまった。
「……花村さん?」
 紗季の声が震える。彼女も花村さんのことを慕っていた。
「期限切れって……これ、死んじゃうってこと?」
「……おそらくね」
「助けなきゃ! 今すぐ彼女の家に行って、病院に連れて行こうよ!」
「ダメだ!」
 冬馬は強い口調で遮った。
「前回のことを忘れたのか? 店が壊れて、僕の体も消えかかったんだ。今度介入したら、本当に取り返しがつかなくなる」
「でも、花村さんだよ!? あんなに優しい人を、死ぬってわかってて放っておくの? そんなの人間じゃないよ!」
「じゃあ、君が消えてもいいのか? 店長が、この店がなくなってもいいのか?」
 二人の言い争いに、事務所から店長が出てきた。彼は床に落ちたあんぱんを拾い上げ、悲しげな目で見つめた。
「……花村さんか。彼女には、私もずいぶん世話になった」
「店長、方法はないんですか? 代償を払わずに、彼女を救う方法は」
 店長は首を振った。
「因果は等価交換だ。何かを得れば、何かを失う。それがこの世界のルールだ」
 だが、店長は少し間を置いて、こう付け加えた。
「……ただ、一つだけ可能性があるとすれば、『第三の道』だ」
「第三の道?」
「我々が未来を『操作』するのではなく、当事者に『予兆』を伝えることだ。彼ら自身の意志で未来を選び取らせる。そうすれば、因果の歪みは最小限に抑えられるかもしれない。……だが、それは極めて危険な賭けだ。もし失敗すれば、当事者も、伝えた者も、両方が因果の渦に飲み込まれる」
 冬馬は店長の言葉を反芻した。
 当事者の選択。
 これまで冬馬たちは、相手に何も知らせず、裏側で勝手に未来を書き換えてきた。それは傲慢な救済だったのかもしれない。
 花村さんに、彼女の死が近づいていることを伝える。そして、彼女自身にどうするかを決めてもらう。
 それは、残酷な宣告であると同時に、彼女の尊厳を守る唯一の方法のように思えた。
「……僕がやります」
 冬馬は決然と言った。
「彼女に伝えます。明日、彼女がどう生きるかを、彼女自身に選んでもらうために」
 紗季は黙って冬馬を見つめていた。その瞳には、不安と、微かな希望が混じり合っていた。
 夜明けが近づいていた。冬馬は、人生で最も重い「接客」を覚悟した。