透明な島の給食当番

透明な島の給食当番 第14話「第11章:最後の給食」

ハルを囲む輪が少しずつ解け、クラスメイトたちが自分の席に戻っていく。それでも教室の温度は、先ほどまでとは明らかに違っていた。透明な壁の向こうに見える海は、午後の日差しを浴びてキラキラと輝き、まるで島全体が祝福されているかのような錯覚を覚える。

ハルを囲む輪が少しずつ解け、クラスメイトたちが自分の席に戻っていく。それでも教室の温度は、先ほどまでとは明らかに違っていた。透明な壁の向こうに見える海は、午後の日差しを浴びてキラキラと輝き、まるで島全体が祝福されているかのような錯覚を覚える。

「さあ、みんな。給食が冷めないうちに食べよう」

美央が明るい声で促すと、ようやく本当の意味での「最後の給食」が始まった。

僕は自分の席に座り、トミさんが作ってくれたおにぎりを手に取った。島で獲れた魚の身を混ぜ込んだ、素朴だが力強い味がする。隣の席では、ハルが一口ずつ噛みしめるように食べていた。彼の表情には、昨日までの刺々しさは微塵も残っていない。

「……凪、これ、本当に美味しいね」

「うん。トミさんの隠し味は『覚悟』なんだってさ」

僕が冗談めかして言うと、ハルはくすくすと笑った。その笑い声は、透明な空気に溶け込んで、遠くの波音と混ざり合っていく。

ふと、自分の器の中に残ったつみれ汁に目を落とした。そこには、文字なんてどこにもなかった。ただ、澄んだスープの底に、透明な校舎の天井が反射して映っているだけだ。

だが、不思議なことが起きた。

ハルが最後の一口を食べ終えた瞬間、彼の器の底から、光の粒のようなものがふわりと浮き上がり、教室全体に広がっていったのだ。それは文字ではなかった。形を持たない、ただの純粋な「光」だ。

その光が僕の頬をかすめた時、僕の脳裏に直接、言葉が流れ込んできた。

『ありがとう』

それはハルの声だったが、同時にこの島そのものの声のようにも聞こえた。島が、ハルの心の重荷を完全に預かり終えた合図だったのかもしれない。

「ねぇ、今の見た?」

美央が驚いた顔で僕たちを見た。どうやら、この光は僕だけにしか見えなかったわけではないらしい。クラスのみんなが、それぞれの顔を照らす淡い光に目を見張っていた。

「島が……笑ってるみたい」

誰かがそう呟いた。

透明な島では、隠し事ができない。それは呪いではなく、祝福だったのだ。自分一人では抱えきれない重荷を、島が、そして仲間たちが分かち合ってくれる。そのために、島は時折こうして自らを透明にし、僕たちの心の風通しを良くしてくれているのではないか。

給食が終わる頃、潮が満ち始めていた。

透明だった床が、少しずつ不透明な木の色を取り戻していく。壁には壁紙の模様が浮かび上がり、窓の外の景色はガラス越しのような屈折を帯び始めた。

「……戻っちゃうんだね」

ハルが少し名残惜しそうに言った。

「うん。でも、不透明な方が、落ち着くこともあるだろ?」

僕の言葉に、ハルは深く頷いた。

「そうだね。全部見えるのは疲れるよ。見えないからこそ、信じられることもあるんだって、今はわかる気がする」

僕たちは片付けを済ませ、下校の準備をした。ハルの荷物はもう、ほとんど船に乗せられているという。彼は学校の玄関で、最後にもう一度だけ校舎を振り返った。

そこには、もう透明な魔法は解け、どこにでもある古びた分校の姿があった。だが、その壁の向こうに、確かに僕たちが共有した「透明な真実」が刻まれていることを、僕は知っていた。