透明な島の給食当番 第12話「第9.5章:透明な夜の対話」
家に帰ると、父さんが珍しく早く帰宅していた。父さんは島の気象観測所で働いていて、透明化現象の調査も担当している。
家に帰ると、父さんが珍しく早く帰宅していた。父さんは島の気象観測所で働いていて、透明化現象の調査も担当している。
「父さん、島が透明な時って、どうしてあんなに音が遠くまで聞こえるの?」
夕食の席で、僕は昼間から抱いていた疑問をぶつけてみた。透明なテーブルの上には、母さんが作った煮魚が並んでいる。
「それはね、凪。空気が澄んでいるからだけじゃないんだ。島全体が巨大な振動板のようになっているからだよ。透明化した物質は、通常の時よりも音の伝達効率が飛躍的に高まるんだ。だから、誰かの囁き声が、島の反対側まで届くこともあると言われている」
「囁き声が……」
「ああ。だから昔の人は、透明な日には悪いことは言わないようにと戒めたんだ。自分のついた嘘が、風に乗って誰かの耳に届いてしまうからね」
父さんは静かにグラスを傾けた。
「でもね、凪。それは悪いことばかりじゃない。誰にも言えない苦しみを抱えている人が、透明な夜にそっと海に向かって呟く。その言葉を島が受け止めて、どこか遠くの、誰にも届かない場所へ運んでくれる。そうやって、島は人々の心のバランスを保ってきたんだ」
父さんの話は、トミさんの話とも、図書館の本の話とも繋がっていた。島は単なる物理的な現象で透明になっているのではない。人々の思いを循環させるための、巨大な装置なのだ。
「ハル君、明日行くんだね」
母さんが心配そうに僕を見た。
「うん。……でも、大丈夫だと思う。ハルはもう、一人じゃないから」
僕は自分の部屋に戻り、窓の外を見つめた。夜の透明な島は、星空をそのまま地面に写し取ったかのように輝いていた。透明な地面の向こう側に、銀河が広がっている。僕はその静謐な光の中に、ハルの未来が明るいものであることを祈った。