透明な島の給食当番 第10話「第8章:島の休息、心の露出」
僕はハルを追いかけた。透明な廊下を抜け、透明な校庭を横切り、島で一番高い場所にある「夕日ヶ丘」へと続く坂道を駆け上がった。
僕はハルを追いかけた。透明な廊下を抜け、透明な校庭を横切り、島で一番高い場所にある「夕日ヶ丘」へと続く坂道を駆け上がった。
足元の地面が透けているせいで、まるで空の上を走っているような感覚に陥る。息を切らしながら丘の頂上に着くと、そこには崖の縁に座り込み、海を見つめるハルの後ろ姿があった。
「ハル!」
僕が呼びかけると、ハルは肩を震わせたが、振り返らなかった。
「……来ないでくれ。凪にだけは、見られたくなかったんだ」
「文字のことか?」
ハルはようやくこちらを向いた。その瞳は赤く腫れ、頬には涙の跡が乾かずに残っていた。
「……やっぱり見えてたんだね。僕のスープの中に、何が書いてあった?」
「……最初は『うそつき』って見えた。でも、さっきのカレーの中には、もっとたくさんの言葉があったよ」
ハルは自嘲気味に笑った。
「そうか。島が僕の化けの皮を剥いじゃったんだな。この島は残酷だよ。透明になれば綺麗に見えるけど、その実、誰のプライバシーも守ってくれない。僕が都会でどれだけ惨めな思いをして、この島でどれだけ必死に『普通の少年』を演じてきたか……そんなの、島には関係ないんだ」
僕はハルの隣に座った。足元の地面を透かして見ると、地下深くにある巨大な岩盤が見える。その岩盤には、無数の細かなひび割れがあり、そこから淡い光が漏れ出していた。
「ハル、トミさんが言ってたんだ。この島は『耳』なんだって。みんなが言えない言葉を吸い取って、代わりに透明になって、その重さを逃がしてるんだって」
「耳……?」
「そう。島はハルを責めてるんじゃなくて、ハルの荷物があまりに重そうだから、少しだけ分けてほしかったんじゃないかな。文字が見えるのは、誰かにその重さに気づいてほしいっていう、島の……あるいはハルの心のSOSだったんだよ」
ハルは黙って僕の言葉を聞いていた。潮風が僕たちの間を吹き抜ける。透明な日、風の音さえも「言葉」のように聞こえるという噂は本当かもしれない。
「僕は……美央のやり方は間違ってると思う。でも、僕も同じだ。文字が見えた時、それを美央に話しちゃった。ハルの秘密を、勝手に共有してしまったんだ。本当にごめん」
僕は深く頭を下げた。ハルはしばらく沈黙していたが、やがて小さく息を吐いた。
「……凪が謝ることじゃないよ。僕だって、もし逆の立場だったら、誰かに言いたくなったかもしれない。ただ……怖かったんだ。本当の僕を知ったら、みんな離れていくんじゃないかって」
「そんなことないよ」
僕は断言した。
「ハルが嘘をついてようが、お金に困ってようが、ハルが僕の友達であることは変わらない。ハルと一緒に食べた給食が美味しかったことも、放課後に一緒に海を見たことも、全部本物だよ」
ハルは僕の顔をじっと見つめ、やがてぽつりと呟いた。
「……最後の日くらい、本当のことを自分の口で言いたかったな」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。まだ間に合う。明日はハルが島を離れる日だ。そして、潮の周期によれば、明日もまた島は透明になるはずだ。
「ハル、もう一度だけチャンスをくれ。明日の給食の時間、もう一度だけ、みんなの前に立ってほしい」
「でも、あんなことしちゃったし……」
「大丈夫。僕がなんとかする。今度は『島』の力じゃなくて、僕たちの『言葉』の力で」
僕はハルの手を握った。その手は冷たかったが、確かに生きた人間の体温が宿っていた。