雨を集める宇宙港

雨を集める宇宙港 第8話「第7章:独占の代償」

その時、背後から冷たい声がした。 「そこまでだ、カナタ。これ以上は看過できん」 振り返ると、ハッチの入り口にエドワードが立っていた。彼は緊急用の小型ジェットパックを背負い、自らここまで追ってきたのだ。その手には、殺傷用のレーザーピストルが揺るぎない精度で握られている。 「エドワード……あんた、自分でここまで……」 「私は公社の利益を守る義務がある。君の父親は、常に青臭い理想を語りすぎる。だが、現実を見ろ、カナタ。この宇宙港が供給する水とエネルギーがあるからこそ、人類は軌道上に文明を築き、滅びゆく地球から脱出できるんだ。わずかな下流域の、明日をも知れぬ住民たちのために、種としての全人類の未来を犠

その時、背後から冷たい声がした。
「そこまでだ、カナタ。これ以上は看過できん」
 振り返ると、ハッチの入り口にエドワードが立っていた。彼は緊急用の小型ジェットパックを背負い、自らここまで追ってきたのだ。その手には、殺傷用のレーザーピストルが揺るぎない精度で握られている。
「エドワード……あんた、自分でここまで……」
「私は公社の利益を守る義務がある。君の父親は、常に青臭い理想を語りすぎる。だが、現実を見ろ、カナタ。この宇宙港が供給する水とエネルギーがあるからこそ、人類は軌道上に文明を築き、滅びゆく地球から脱出できるんだ。わずかな下流域の、明日をも知れぬ住民たちのために、種としての全人類の未来を犠牲にできるというのか?」
 エドワードの声には、彼なりの信念が宿っていた。それは独善的ではあるが、強固な論理に裏打ちされたものだ。
「未来? あんたたちの言う未来は、誰かの犠牲の上にしか成り立たないのか!」
 カナタはレバーを握りしめたまま、エドワードの冷たい瞳を射抜いた。
「今、目の前で喉を乾かして死にかけている人たちを見捨てて、何が全人類の未来だ! 水は命だ。それは太陽の光や空気と同じように、誰のものでもないはずだ。空から降る雨を、あんたたちが勝手に独占して、値付けしていい理由なんて、世界のどこにもないんだ!」
「それは持たざる者の理屈だ。力ある者が資源を管理し、最も効率的な場所に分配する。それが文明の進歩だ。レバーから手を離せ、カナタ。さもなければ、ここで君を排除し、記録には『事故』と記載するだけだ」
 エドワードがピストルの照準を、カナタの心臓へと合わせた。指が引き金にかかる。
 その絶体絶命の瞬間、カナタのヘルメット内で、父・レンの鋭い叫びが響いた。
『今だ、カナタ! ロックを外した!』
 ガチン、という重厚な金属音が室内に響き、レバーを固定していた電磁ロックが解除された。
「うおおおおおおおおお!」
 カナタは全身の体重を乗せ、叫びながらレバーを力一杯引き下げた。
 同時に、エドワードが冷酷に引き金を引いた。
 赤いレーザー光がカナタの肩の肉を焼き、背後の制御パネルを貫通して火花を散らす。激痛が走り、カナタの体は衝撃で吹き飛ばされたが、レバーは確実に、最下段の「広域拡散モード」の位置へと固定された。
 次の瞬間、宇宙港全体が悲鳴を上げるような、凄まじい異音が響き渡った。
 ゴオオオオオオオオオ……!
 それは、巨大な集水パイプの中を流れていた数百万トンの水が、物理法則を無視するかのように一斉に逆流を始めた音だった。配管が激しくのたうち回り、接合部から高圧の蒸気が噴き出す。
「なっ……何を……馬鹿な! 逆流だと!? これではプラントが……!」
 エドワードが驚愕に目を見開き、よろめきながら後退した。
 足元の床が巨大な生き物の腹の中にいるかのように激しく振動し、壁の隙間から霧状になった水が猛烈な勢いで噴き出し始めた。
 高度五千メートルの上空で、捕雨膜の表面を構成する数兆本のナノ繊維が、父のプログラムに従ってその編み目を組み換えていく。水を吸い込むための凹レンズ状の構造が、一瞬にして水を弾き飛ばす凸状の散布構造へと反転する。
 宇宙港がこれまで強欲に溜め込んできた莫大な水が、超高圧の微細な霧となって、全方位の大気へと放出され始めたのだ。それは、技術が初めて「所有」を捨て、「共有」へと舵を切った瞬間だった。