雨を集める宇宙港

雨を集める宇宙港 第4話「第3章:異常気象の予兆」

地下ダクトの中は、湿った鉄の匂いとカビの混じった空気が充満していた。 カナタは膝を擦りむきながら、迷路のような管の中を這い進んだ。頭上からは、絶え間なく重低音が響いてくる。それは捕雨膜が風に煽られ、巨大な楽器のように鳴っている音だった。 ようやく辿り着いた排気口の格子を外すと、そこは宇宙港の北側に広がる乾燥地帯だった。 外に出た瞬間、カナタは息を呑んだ。 空が、真っ黒だった。 太陽は厚い雲に遮られ、昼間だというのに深夜のような暗闇が広がっている。だが、その雲は雨を降らせるためのものではなかった。宇宙港の頂点から伸びる目に見えない力に縛り付けられ、無理やり引き絞られた「水の死体」の山だ。 「……

地下ダクトの中は、湿った鉄の匂いとカビの混じった空気が充満していた。
 カナタは膝を擦りむきながら、迷路のような管の中を這い進んだ。頭上からは、絶え間なく重低音が響いてくる。それは捕雨膜が風に煽られ、巨大な楽器のように鳴っている音だった。
 ようやく辿り着いた排気口の格子を外すと、そこは宇宙港の北側に広がる乾燥地帯だった。
 外に出た瞬間、カナタは息を呑んだ。
 空が、真っ黒だった。
 太陽は厚い雲に遮られ、昼間だというのに深夜のような暗闇が広がっている。だが、その雲は雨を降らせるためのものではなかった。宇宙港の頂点から伸びる目に見えない力に縛り付けられ、無理やり引き絞られた「水の死体」の山だ。
「……ひどい」
 カナタは、手元の端末を起動した。リアとの私的チャンネルは、まだ生きている。
「リア、聞こえるか? 今、宇宙港の防壁を抜けて外に出た。無事か?」
 カナタが端末に叫ぶと、激しい風の音に混じって、リアの悲鳴に近い声が返ってきた。
『カナタ!? 本当なの? ああ、よかった……! こっちは、もう地獄よ。空を見て。本当に信じられない。雲が……まるで生き物みたいに、全部あなたのいる宇宙港の方へ流れていくの。町の上空には、もう湿り気一つ残っていないわ』
 リアの言葉通り、カナタが見上げる空は異様だった。宇宙港から伸びる見えない力に引かれ、千切れ雲が弾丸のような速度で水平に移動していく。本来の気象学では説明のつかない、強制的な水の収奪だ。
『町ではさっき、公社の武装ヘリが飛んできて、『水資源管理法に基づく非常事態』を宣言したわ。それで、町に唯一残っていた古い井戸や、家庭用の貯水タンクまで、全部『戦略物資』として強制接収し始めたの。反抗した人たちは……みんな連れて行かれたわ』
 リアの声が恐怖で震えている。公社は、この暴走を「事故」として処理するのではなく、むしろ水不足を極限まで加速させることで、地上の支配権を完全に掌握しようとしているのだ。
「公社は、水を完全に武器にするつもりだ。リア、落ち着いて聞いてくれ。君の近くに、父さんが昔言っていた『古いウラン廃坑』はないか? 北緯5度、東経30度付近だ。そこは公社の監視衛星からも死角になっているはずだ」
『そこは……毒性が残っているって立入禁止区域になっている場所よ。でも、確かにあるわ。子供の頃、探検に行こうとしておじさんにひどく怒られた場所……。わかった、そこへ行ってみる。でも、カナタ、あなたはどうするの?』
「僕は……宇宙港の北側にある旧式の観測塔へ向かう。そこなら、父さんが残したバックドアからシステムに干渉できるかもしれない。リア、父さんが生きていたら、伝えてくれ。『空はまだ泣いていない』って。それは僕たちの合言葉なんだ」
 カナタは通信を切ると、ひび割れた大地を走り出した。かつては豊かな農地だった場所が、今は歩くたびに足元で土が砕け、白い粉塵となって舞い上がる。
 ふと見上げると、天を突く宇宙港の巨大な支柱が、四本の禍々しい鉤爪のように地球を掴んでいた。その中央に刻まれた公社のエンブレム――地球を囲む三本のライン――が、今は世界を縛り上げる鎖に見えた。
 かつて父レンは、カナタに教えた。「技術とは、本来、届かない場所に手を伸ばすための道具だ。だが、その手が誰かの首を絞めるために使われるなら、それはもう技術とは呼ばない。ただの暴力だ」と。
 その言葉の意味が、乾いた風に乗ってカナタの胸を叩く。
 背後で、鼓膜を劈くような轟音が響いた。
 振り返ると、宇宙港の基部にある第三貯水タンクの隔壁が、内部からの異常な圧力に耐えきれず、巨大な花が咲くように弾け飛んでいた。数万トン、いや数十万トンの澄んだ水が、白銀の滝となってコンクリートの要塞を突き破り、大地へと溢れ出す。
 だが、その光景に歓喜はなかった。
 溢れ出した水は、すぐさま地下の緊急回収溝へと吸い込まれていったのだ。宇宙港の周囲に張り巡らされた排水ネットワークは、一滴の無駄も許さない。大地がどれほど渇いていようとも、こぼれた水は再び「公社の所有物」としてプラントへ戻される。
 その徹底した拒絶に、カナタは吐き気を感じた。命を育むはずの水が、ここではただの「冷たい資産」として扱われている。
 カナタは泥水を跳ね上げながら、荒野の向こうに立つ観測塔へとひた走った。足の筋肉が悲鳴を上げ、肺が熱い空気で焼かれるようだったが、止まることはできなかった。止まれば、故郷の記憶までがこの乾いた大地に埋もれてしまう気がしたからだ。