雨を集める宇宙港

雨を集める宇宙港 第3話「第2章:沈黙の父」

宇宙港の中央制御室へと続く通路は、混乱に包まれていた。 「全ユニット、強制冷却開始! 集水バルブを閉じろ!」 「ダメです、システムが応答しません! 外部からのハッキングを受けています!」 怒号が飛び交う中、カナタは人混みを縫って地下のサーバー室へと向かった。公社のエリートたちが集まる制御室ではなく、誰も見向きもしない古いメンテナンス用端末がある場所だ。 カナタは慣れた手つきで端末を起動し、父のペンダントを差し込んだ。 画面に表示されたのは、複雑な暗号化の壁だった。しかし、カナタには解き方がわかっていた。父がよく口にしていた、故郷の古い民謡のメロディ。それを数値化して入力すると、壁は音もなく崩れ

宇宙港の中央制御室へと続く通路は、混乱に包まれていた。
「全ユニット、強制冷却開始! 集水バルブを閉じろ!」
「ダメです、システムが応答しません! 外部からのハッキングを受けています!」
 怒号が飛び交う中、カナタは人混みを縫って地下のサーバー室へと向かった。公社のエリートたちが集まる制御室ではなく、誰も見向きもしない古いメンテナンス用端末がある場所だ。
 カナタは慣れた手つきで端末を起動し、父のペンダントを差し込んだ。
 画面に表示されたのは、複雑な暗号化の壁だった。しかし、カナタには解き方がわかっていた。父がよく口にしていた、故郷の古い民謡のメロディ。それを数値化して入力すると、壁は音もなく崩れ去った。
 現れたのは、一つのライブログだった。
『……カナタ、聞こえているか。あるいは、これを見ているのは別の誰かか』
 画面の中で、五年前よりも老けた父、レンが語りかけていた。背景には、見たこともない荒野の岩場が映っている。
『私は今、下流域の廃坑に潜伏している。公社はこの膜を使って、地球上のすべての雲を独占しようとしている。彼らが進める「フェーズ4」が始まれば、宇宙港以外の土地には二度と雨が降らなくなるだろう』
 カナタは息を呑んだ。公社が狙っていたのは、単なる燃料確保ではなかった。地球の気象そのものを支配下に置くことだったのだ。
『私はシステムに一つの「楔」を打ち込んだ。特定の気象条件下で発動する、捕雨膜の逆流プログラムだ。だが、私の力だけでは不完全だった。暴走を止めるには、港の内部からの手動操作と、外部からのコード入力が同時に必要になる』
 その時、サーバー室の扉が乱暴に開かれた。
「そこで何をしている!」
 公社の警備兵たちが、電磁警棒を手に踏み込んできた。
「カナタ、君か。整備見習いがこんな場所で何をしている」
 警備隊の隊長、エドワードが冷ややかな視線でカナタを射抜いた。彼は公社の利益を第一に考える、冷徹な男として知られている。
「……システムの異常を調べていただけです」
 カナタは素早くペンダントを引き抜き、ポケットに隠した。
「嘘だな。君の父親がテロを起こしたという情報が入っている。この暴走は、レンによるハッキングだ。君も共犯ではないのか?」
「父はテロリストじゃない! 水を返そうとしているだけだ!」
 思わず叫んだ言葉が、カナタの立場を決定づけた。
「連れて行け。厳重に尋問する」
 エドワードの合図で、警備兵たちがカナタの腕を掴んだ。
 その瞬間、宇宙港を巨大な衝撃が襲った。捕雨膜が強引に引き寄せた積乱雲が、ついに限界を超えて放電を始めたのだ。落雷がエレベーターの外壁を直撃し、サーバー室の照明が激しく明滅した。
「ぐわっ!」
 振動で体勢を崩した警備兵の手を振り払い、カナタは暗い通路へと駆け出した。
「逃がすな! 殺しても構わん、データを回収しろ!」
 背後でエドワードの怒号が響く。
 カナタは非常階段を駆け下りながら、必死に考えた。父は生きている。そして、この暴走を止める鍵を握っている。
 だが、どうやって? 宇宙港は今や、逃げ場のない檻と化していた。
 カナタは、かつて父と秘密の約束をした場所――地下の巨大貯水タンクの排気ダクトを目指した。そこなら、港の外部へと繋がっているはずだ。
 外では、雨の降らない空で、稲妻だけが狂ったように踊っていた。