雨を集める宇宙港

雨を集める宇宙港 第12話「第11章:雨を分かち合う日」

それから数ヶ月が経った。 宇宙港《スカイ・アンカー》は、かつての「独占の要塞」から、今や「空の駅」あるいは「恵みの港」と呼ばれるようになっていた。 軌道エレベーターは、新しい国際基準の下で本来の目的である物資輸送を再開した。しかし、その運営方針は劇的に変わった。エネルギー源は、集水した水の余剰分から精製される水素燃料と、エレベーターの支柱全体を覆う次世代太陽光発電のハイブリッドに切り替わり、地上の環境負荷を最小限に抑える工夫がなされている。 捕雨膜は、空に浮かぶ巨大なステンドグラスのように、太陽の角度や時間ごとにその色を七色に変えながら、静かに、そして力強く呼吸を続けている。それはもはや雲を奪

それから数ヶ月が経った。
 宇宙港《スカイ・アンカー》は、かつての「独占の要塞」から、今や「空の駅」あるいは「恵みの港」と呼ばれるようになっていた。
 軌道エレベーターは、新しい国際基準の下で本来の目的である物資輸送を再開した。しかし、その運営方針は劇的に変わった。エネルギー源は、集水した水の余剰分から精製される水素燃料と、エレベーターの支柱全体を覆う次世代太陽光発電のハイブリッドに切り替わり、地上の環境負荷を最小限に抑える工夫がなされている。
 捕雨膜は、空に浮かぶ巨大なステンドグラスのように、太陽の角度や時間ごとにその色を七色に変えながら、静かに、そして力強く呼吸を続けている。それはもはや雲を奪うための網ではなく、地球の気象を優しく整えるための装置だった。
 カナタは、新しく入ってきた見習い整備士たち――その中には下流域の町からやってきた若者も多い――を連れて、高度三千メートルの展望デッキを歩いていた。
「いいか、よく聞け。このナノ繊維の膜は、単なる機械じゃない。地球の呼吸を助けるための、巨大な人工の肺だと思え。吸い込みすぎれば大地が渇いて苦しがるし、吐き出しすぎれば洪水が起きる。俺たち整備士の仕事は、その呼吸の『中庸』を見極め、整えてやることだ」
 後輩たちは、かつてのカナタがそうだったように、熱心にメモを取りながら彼の言葉を一言も漏らさぬよう聞き入っている。
 その中の一人、かつてリアのいた町から来たという少年が、不思議そうに尋ねた。
「カナタさん、本当なんですか? 昔はここ、水を独占して、地上を見捨ててたって……」
「ああ、本当だ。俺もその片棒を担いでいた。だがな、間違いは直せる。機械も、人もな。今は、雨を分かち合うことが、この宇宙港で働く俺たちの最大の誇りなんだ」
 カナタは、晴れ渡った空を指差した。
 そこには、軌道エレベーターの垂直なラインと交差するようにして、巨大な虹が幾重にも重なって架かっていた。人工の膜が散布する微細な霧と、自然の太陽光が作り出す、世界で最も美しい気象現象だ。
 その虹の下では、何百万人もの人々が、当たり前のように降り注ぐ雨の音を聞き、泥にまみれて農作業に励み、子供たちが水たまりで跳ね回っている。独占からは何も生まれない。だが、分かち合うことで、世界はこんなにも色彩豊かに再生するのだ。
 カナタは、仕事終わりに父レンとリアと一緒に囲む、ささやかだが温かい食卓を思い出し、自然と足取りが速くなった。
 空は高く、どこまでも澄み渡っている。
 もう、この世界に「乾いた呼び声」が絶望として響くことはない。
 雨を集める宇宙港は、今日もしなやかに、そして誇り高く、空の恵みをすべての大地へと届けていた。