雨を集める宇宙港 第10話「第9章:決断の分水嶺」
地上に降り立ったカナタを待っていたのは、泥の匂いと、むせ返るような湿気だった。 宇宙港の居住区は、溢れ出した水と降り注ぐ雨で水没しかけていたが、そこに住む職員たちの顔に悲壮感はなかった。誰もが窓の外を見つめ、あるいは外に飛び出し、数年ぶりの「恵み」を全身で受け止めていた。 ゴンドウはプラットフォームを半壊した広場に着陸させると、カナタの肩を抱えて歩き出した。 「おい、しっかりしろ。医務室は……あそこも水浸しか。だが、止血くらいはできる」 「ゴンドウさん、父さんは……」 「レンなら、下流域の廃坑からこっちに向かってるはずだ。リアとかいう嬢ちゃんが車を出したらしいぜ」 カナタは安堵の息を漏らした。
地上に降り立ったカナタを待っていたのは、泥の匂いと、むせ返るような湿気だった。
宇宙港の居住区は、溢れ出した水と降り注ぐ雨で水没しかけていたが、そこに住む職員たちの顔に悲壮感はなかった。誰もが窓の外を見つめ、あるいは外に飛び出し、数年ぶりの「恵み」を全身で受け止めていた。
ゴンドウはプラットフォームを半壊した広場に着陸させると、カナタの肩を抱えて歩き出した。
「おい、しっかりしろ。医務室は……あそこも水浸しか。だが、止血くらいはできる」
「ゴンドウさん、父さんは……」
「レンなら、下流域の廃坑からこっちに向かってるはずだ。リアとかいう嬢ちゃんが車を出したらしいぜ」
カナタは安堵の息を漏らした。
広場の中央にあるモニターは、機能を停止して砂嵐を映していたが、スピーカーからは緊急放送が流れていた。それは公社の上層部によるものではなく、現場の通信士たちが乗っ取った「真実の放送」だった。
『……現在、捕雨膜の散布モードにより、全流域で降雨が確認されています。公社が隠蔽していた「フェーズ4」の計画書は、すでに国際気象管理委員会に送信されました。独占は終わります。水は、私たちの手に戻ってきました』
その放送を聞きながら、カナタは広場のベンチに座り込んだ。
雨は止む気配がない。激しく大地を叩く音は、まるで地球が呼吸を取り戻した歓喜の叫びのように聞こえた。
一時間後、泥だらけの電気自動車が広場に滑り込んできた。
運転席から飛び出してきたのは、リアだった。彼女はカナタの姿を見つけると、なりふり構わず駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「カナタ! バカ、バカ! あんな高いところまで登るなんて!」
「……ごめん。でも、約束しただろ。雨を降らせるって」
カナタは痛む肩をかばいながら、リアの頭を撫でた。
そして、助手席からゆっくりと降りてきたのは、父・レンだった。
五年の歳月は彼を老けさせていたが、その瞳にはカナタが子供の頃に憧れた、あの鋭い知性が宿っていた。
「カナタ……」
レンは息子の前に立つと、震える手でその顔に触れた。
「すまなかった。お前に、すべてを押し付けてしまった」
「いいんだ、父さん。僕が選んだんだ。整備士として、この機械(そら)を直したかったから」
親子は雨の中で、言葉にならない想いを共有した。
レンは宇宙港の残骸を見上げ、静かに語り出した。
「この港は、もう『独占の砦』には戻れない。だが、完全に壊す必要もないんだ。これからは、この巨大な膜を気象の『調整弁』として使う。降りすぎる場所からは雲を逃がし、乾いた場所には雨を呼ぶ。それが、私が本来設計したかった捕雨膜の姿だ」
「流域全体で、分かち合うんだね」
「そうだ。誰か一人が所有するのではなく、流れそのものを管理する。それが、新しい時代のルールになるだろう」