泣かないロボットの遺言状

泣かないロボットの遺言状 第8話「第七章:鉄の沈黙と律の決断」

玄関のチャイムが激しく鳴り響く。 「久遠くん! 開けなさい! 健二さん、約束の時間です! 業者が来ています!」 高坂の怒鳴り声が、静寂を切り裂いた。 律は健二を見た。健二はまだ迷っている。借金の重圧と、目の前の真実の間で。 「健二さん、決めてください! 一度初期化が始まれば、澄江さんの声も、あの日の映像も、慎一郎先生の想いも、すべて永遠に失われます! それは、二度目の死と同じです!」 健二はモモを見た。モモの光学センサーは、カウントダウンを示すように赤く点滅を始めている。 「……俺は……」 健二は拳を握りしめ、玄関へと走り出した。律は最悪の事態を覚悟した。健二が業者を招き入れれば、法的手続きと

玄関のチャイムが激しく鳴り響く。
「久遠くん! 開けなさい! 健二さん、約束の時間です! 業者が来ています!」
 高坂の怒鳴り声が、静寂を切り裂いた。
 律は健二を見た。健二はまだ迷っている。借金の重圧と、目の前の真実の間で。
「健二さん、決めてください! 一度初期化が始まれば、澄江さんの声も、あの日の映像も、慎一郎先生の想いも、すべて永遠に失われます! それは、二度目の死と同じです!」
 健二はモモを見た。モモの光学センサーは、カウントダウンを示すように赤く点滅を始めている。
「……俺は……」
 健二は拳を握りしめ、玄関へと走り出した。律は最悪の事態を覚悟した。健二が業者を招き入れれば、法的手続きとしてすべては終わる。
 しかし、玄関から聞こえてきたのは、予想外の咆哮だった。
「帰ってください! 契約は破棄だ! このロボットは売らない、家も売らない! 俺の家族を、勝手にスクラップにするな!」
「何を言っているんですか、健二さん! 正気に戻ってください! あなたの借金はどうするんです! 破産するつもりですか!」
 高坂の困惑と怒りが入り混じった声。
「借金なら、別の方法で死ぬ気で返す! 俺は……俺はもう、親父の嘘に守られるのは御免だ。自分の足で歩くために、この記憶が必要なんだ! 俺は巽健二だ、あの人の息子だ!」
 健二が応接間に戻ってきた。その顔には、先ほどまでの迷いは微塵もなかった。
 律は安堵の溜息をつき、モモのドングルを操作した。
「合意を確認。カウントダウンを停止します。第二フェーズ、完全開放。慎一郎様より、最後のメッセージを出力します」
 モモの全身から、柔らかな白い光が溢れ出した。それは、慎一郎がモモの深層回路に仕込んでいた、ホログラムによる最後のアニメーションだった。
 壁一面に、巽家の数十年の歴史が、走馬灯のように映し出される。澄江の笑顔、健二の成長、慎一郎の不器用な抱擁、そして……。
 映像の最後に、慎一郎が一人でカメラに向かって語りかける場面が現れた。
『久遠くん、君がこれを動かしていると信じているよ。法は完璧ではない。だからこそ、君のような青臭い法律家が必要なんだ。法が零した涙を、君が拾ってやってくれ。それが私の最後の願いだ』
 律は涙を堪えることができなかった。先生、あなたはどこまで見越して、私をこの家に導いたのですか。