泣かないロボットの遺言状 第7話「第六章:対話の成立と未来への合意」
澄江の声は続いた。 『健二、あなたは自分が母さんを死に追いやったと思っているかもしれない。でも、それは違うわ。私はあの時、あなたが被害者の家に行って、深々と頭を下げている姿を、モモの遠隔カメラを通じて見ていたのよ。あなたは逃げなかった。それがわかったから、私は安心して眠りにつけたの。あなたは私の自慢の息子よ』 「えっ……?」 健二が顔を上げた。 「俺は……俺はあの時、怖くなって途中で引き返したんだ。母さんにはそう言ったはずだ」 「いいえ、健二様」 モモが、当時の映像を壁に投影した。そこには、激しい雨の中で、被害者の家の前で一時間以上も立ち尽くし、最後に深々と頭を下げる、若き日の健二の姿が映って
澄江の声は続いた。
『健二、あなたは自分が母さんを死に追いやったと思っているかもしれない。でも、それは違うわ。私はあの時、あなたが被害者の家に行って、深々と頭を下げている姿を、モモの遠隔カメラを通じて見ていたのよ。あなたは逃げなかった。それがわかったから、私は安心して眠りにつけたの。あなたは私の自慢の息子よ』
「えっ……?」
健二が顔を上げた。
「俺は……俺はあの時、怖くなって途中で引き返したんだ。母さんにはそう言ったはずだ」
「いいえ、健二様」
モモが、当時の映像を壁に投影した。そこには、激しい雨の中で、被害者の家の前で一時間以上も立ち尽くし、最後に深々と頭を下げる、若き日の健二の姿が映っていた。
「あなたは一度引き返そうとしましたが、再び戻り、謝罪を済ませました。その後、公園で泣いていた時間を、慎一郎様はアリバイとして利用したのです。あなたは、あなたが思っているよりもずっと、誠実で強い人でした。慎一郎様は、その姿を見て、あなたを救う決意をしたのです」
健二は絶句した。自分の記憶さえも、罪悪感というフィルターによって歪められていたのだ。
「慎一郎先生は、あなたが自力で立ち直ったことを知っていた。だからこそ、その事実をモモに託したんです。法という形式ではなく、記憶という真実であなたを救うために」
律の言葉に、部屋の中に温かな沈黙が流れた。
だが、その沈黙を破ったのは、モモの無機質な警告音だった。
「警告。第二フェーズの開放条件が未達成です。巽家の全員による、『未来への合意』が形成されていません。このままでは、私は初期化モードに移行し、全データを物理消去します」
「何だって? そんな殺生な!」
「慎一郎様は設定されました。真実を知った後でも、家族が再びバラバラになる道を選ぶのであれば、私の記憶は苦痛の種でしかない。ならば、すべて消去されるべきだと。これが慎一郎様の最後の『慈悲』です」
健二は立ち上がり、モモの肩を強く掴んだ。「待て! 消えるな! 俺は……俺はまだ、母さんに言いたいことが山ほどあるんだ! 親父にも、謝らなきゃいけないんだ!」
「健二さん、今こそ選択してください」
律は健二の瞳を真っ直ぐに見つめた。「この家を売り、過去を清算して一人で生きるか。それとも、この記憶と共に、花さんと新しい生活を始めるか。法はあなたに売却の権利を与えていますが、モモはあなたに『家族としての対話』を求めています。どちらが、あなたの魂を救いますか?」
健二は花を見た。花は、祖父の指輪を握りしめ、父の答えを待っていた。
「……俺は……」
健二の唇が震える。その時、外から激しい車のブレーキ音と、複数の足音が聞こえた。高坂所長が、初期化業者のトラックと共に到着したのだ。