夜の交差点にだけ咲く花

夜の交差点にだけ咲く花 第2話「第1章:深夜二時の開花」

三年という月日は、悲しみを癒やすには短すぎ、日常を取り戻すには長すぎた。 九条柚葉は、大学二年生になった今も、あの夜の交差点に囚われ続けている。汐留の再開発は加速し、かつての街並みは巨大なクレーンと鉄骨の山に取って代わられた。六角交差点もまた、今や工事用フェンスの向こう側、立ち入り禁止区域の深奥に沈んでいる。 けれど、都市伝説は死なない。 『深夜二時、再開発地区の信号がすべて赤になる時、道端の亀裂から死者の記憶が咲く』 そんな荒唐無稽な噂を耳にした時、柚葉は笑うことができなかった。むしろ、その言葉は飢えた獣のように彼女の心に食らいついた。 深夜一時四十五分。柚葉は使い古したリュックを背負い、工

三年という月日は、悲しみを癒やすには短すぎ、日常を取り戻すには長すぎた。
 九条柚葉は、大学二年生になった今も、あの夜の交差点に囚われ続けている。汐留の再開発は加速し、かつての街並みは巨大なクレーンと鉄骨の山に取って代わられた。六角交差点もまた、今や工事用フェンスの向こう側、立ち入り禁止区域の深奥に沈んでいる。
 けれど、都市伝説は死なない。
『深夜二時、再開発地区の信号がすべて赤になる時、道端の亀裂から死者の記憶が咲く』
 そんな荒唐無稽な噂を耳にした時、柚葉は笑うことができなかった。むしろ、その言葉は飢えた獣のように彼女の心に食らいついた。
 深夜一時四十五分。柚葉は使い古したリュックを背負い、工事用フェンスの僅かな隙間から再開発地区へと足を踏み入れた。街灯の多くは消され、月光だけが積み上げられた資材に鋭い影を落としている。
 かつて葵が命を落とした六角交差点に辿り着いた時、時計の針は二時を指そうとしていた。
 周囲を見渡す。人影はない。遠くでビルの解体工事の音が地響きのように響いているだけだ。
 カチッ。
 信号機が動いた。車両用も、歩行者用も、すべての方向のライトが赤に染まる。それはまるで、都市そのものが呼吸を止めたような、不自然な静寂だった。
 その時だった。
 足元のアスファルトが、微かに震えた。
 道路の亀裂から、白い光の粒が溢れ出す。それは瞬く間に形を成し、透き通るような花弁を持つ一輪の花へと変貌した。百合に似ているが、その茎はアスファルトを食い破るように力強く、花びらは内側から淡く発光している。
「……メモリア・リリー」
 柚葉は息を呑み、膝をついた。震える指先を、その花に伸ばす。
 触れた瞬間、頭の中に直接「音」が流れ込んできた。
『――ああ、今日はいい天気だな。洗濯物がよく乾きそうだ』
 それは、穏やかな老人の声だった。死の直前に彼が抱いた、何気ない日常への感謝。その響きには、苦しみも未練も感じられない。ただ、そこにあった命の証が、花の形を借りて漏れ出しているだけだった。
 柚葉は指を離した。声は止まり、花は静かに夜風に揺れている。
「お姉ちゃん……」
 彼女は周囲を見渡した。交差点のあちこちに、同じような白い花が点々と咲き始めている。けれど、葵が倒れていたはずの場所には、固く閉じたままの小さな蕾があるだけだった。