鳥籠列車は冬を運ぶ

鳥籠列車は冬を運ぶ 第10話「第9章:暴走する氷翼号」

しかし、世界が救われる前に、最大の脅威がリインの谷に降り立った。 管理局の巨大飛行艦《セレスティアル・プライム》が、雲を割って姿を現したのだ。その巨大な船体は、リインの空を完全に覆い隠し、不気味な影を落としている。艦底部からは、青白く光る巨大な魔導砲がせり出し、リインの駅と氷翼号を冷酷に照準に捉える。 『警告。これ以上の季節の無断生成は、大陸の安全保障に対する重大な脅威と見なす。直ちに鳥籠を差し出せ。さもなくば、この座標ごと消去する』 ヴォルグの声が、増幅されて谷間に響き渡る。その声には、かつての彼にはなかった焦燥が混じっていた。 管理局にとって、季節が「人々の感情」によって自律的に生成される

しかし、世界が救われる前に、最大の脅威がリインの谷に降り立った。
 管理局の巨大飛行艦《セレスティアル・プライム》が、雲を割って姿を現したのだ。その巨大な船体は、リインの空を完全に覆い隠し、不気味な影を落としている。艦底部からは、青白く光る巨大な魔導砲がせり出し、リインの駅と氷翼号を冷酷に照準に捉える。
『警告。これ以上の季節の無断生成は、大陸の安全保障に対する重大な脅威と見なす。直ちに鳥籠を差し出せ。さもなくば、この座標ごと消去する』
 ヴォルグの声が、増幅されて谷間に響き渡る。その声には、かつての彼にはなかった焦燥が混じっていた。
 管理局にとって、季節が「人々の感情」によって自律的に生成されることは、単なる反乱以上の意味を持っていた。それは、彼らが築き上げてきた「管理された幸福」という支配体制の根本的な崩壊を意味していた。彼らは季節をコントロール可能な「商品」として、そして人々を支配するための「道具」として留めておかなければならないのだ。
「ユノ、行け! 列車を動かせ!」
 サイラスが叫び、機関室へと飛び込んだ。彼の顔は煤で汚れ、瞳には決死の覚悟が宿っていた。
「この駅に留まれば標的になるだけだ。走りながら鳥籠を満たせ! 大陸中の線路を使って、人々の声を拾い集めるんだ! 鉄路は大陸の血管だ。あんたの想いがあれば、それは神経になって世界中に繋がる!」
「でも、サイラスさんは……! 村の人たちはどうなるんですか!」
「俺はここで、村の連中を守る。この凍りついた時間を動かせるのは、あんたたちの冬だ! 俺がここで食い止めている間に、本当の冬を連れてこい!」
 サイラスは列車の連結器を再び繋ぎ、ユノを運転席へと押し込んだ。
 氷翼号が再び咆哮を上げ、雪の壁を突き破って走り出す。車輪が火花を散らし、線路を噛み締める。背後では、管理局の魔導砲が放った光の柱が、リインの山肌を削り取り、凄まじい爆音と共に雪崩を引き起こしていた。
 ユノは操縦桿を握りしめ、前方の真っ白な闇を見つめた。加速する列車の振動が、彼女の全身に伝わってくる。
「みんな、聞いてください! これは私の仕事じゃない……皆さんの冬なんです!」
 彼女は全車両のスピーカーを開放し、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「管理局が隠してきた、皆さんの本当の気持ちを、どうか私に貸してください! さよならを言えなかった人、悲しみを閉じ込めてきた人……その想いが、世界を救う力になるんです!」
 列車は今、単なる鉄の塊ではなく、大陸中の「悲しみ」を吸い上げ、銀世界の記憶へと変換する、巨大な情緒の触媒へと変わろうとしていた。
 追撃する飛行艦から放たれる光弾が、列車のすぐ側で爆発し、雪煙が視界を遮る。ユノの心臓は早鐘のように打っていたが、その指先は不思議と温かかった。
 鳥籠の中から、母の声が聞こえた気がした。
『ユノ、さよならを言うのを怖がらないで。それは、あなたが前へ進んでいる証拠だから。冬はね、春を呼ぶための優しい準備なのよ』
 列車は加速する。大陸を横断する銀の矢となって、失われた季節を取り戻すために。