百年後の市役所

百年後の市役所 第5話「第4章:欠けた記録の捜索」

地下第二倉庫の空気は冷たく、カビの匂いが鼻を突いた。足元には数センチの泥水が溜まっており、歩くたびに嫌な音が響く。志摩は懐中電灯の光で、高く積み上げられた木箱を照らした。 箱の中には、湿気で膨れ上がり、ページがくっついてしまった古い台帳が詰まっていた。志摩は手袋をはめ、慎重に一冊ずつ確認していった。 「……ない、ここにもない」 数時間が経過した。志摩の腰は痛み、指先は冷え切っていた。懐中電灯の電池も心許なくなってきた頃、山積みの書類の陰に、一際古い、革表紙の台帳を見つけた。 表紙には「昭和六十年度・特殊受理記録」と記されていた。 志摩は息を殺してページをめくった。多くのページが判読不能だったが

地下第二倉庫の空気は冷たく、カビの匂いが鼻を突いた。足元には数センチの泥水が溜まっており、歩くたびに嫌な音が響く。志摩は懐中電灯の光で、高く積み上げられた木箱を照らした。
 箱の中には、湿気で膨れ上がり、ページがくっついてしまった古い台帳が詰まっていた。志摩は手袋をはめ、慎重に一冊ずつ確認していった。
「……ない、ここにもない」
 数時間が経過した。志摩の腰は痛み、指先は冷え切っていた。懐中電灯の電池も心許なくなってきた頃、山積みの書類の陰に、一際古い、革表紙の台帳を見つけた。
 表紙には「昭和六十年度・特殊受理記録」と記されていた。
 志摩は息を殺してページをめくった。多くのページが判読不能だったが、中ほどの一枚に、見覚えのある形状の空白を見つけた。
 ページの一部が、刃物で丁寧に切り取られている。
 その空白の形は、ミナが画面越しに見せてくれた、彼女が大切に持っているという「欠けた石碑の拓本」の形と、完璧に一致した。
 志摩は、その空白の周辺に残された文字を読んだ。
『……氏名、不詳。志摩渚の養子として受理。ただし、本籍地確定に至らず保留……』
 これだ。ミナの先祖は、ここで「保留」されたまま、歴史の狭間に落ちてしまったのだ。
 志摩は泥の中に膝をつき、周囲を必死に探した。切り取られたはずの紙片が、どこかにあるはずだ。泥水をかき分け、朽ち果てた木箱の破片を退ける。
 懐中電灯の光が、泥水の中に沈む小さな白い破片を捉えた。志摩はそれを拾い上げ、汚れを拭った。
 そこには、震えるような手書きの文字で、こう記されていた。
『この子は、未来の凪ヶ浦を担う者である。たとえ今は名前がなくても、いつか必ず、この街が彼を必要とする日が来るだろう』
 その言葉は、単なる事務的な記録ではなく、百年前の誰かが未来へ向けて放った祈りのように思えた。志摩は、その紙片を胸のポケットに大切にしまった。自分の鼓動が、その古い祈りと共鳴しているような気がした。