灰色砂漠の病院船

灰色砂漠の病院船 第7話「第六章:灰の中に眠る真実」

ナディール号の医務室は、もはや安全な場所ではなかった。 外壁を叩く灰の粒は、砂嵐の電磁波を帯びて青白く発光し、船内の電子機器を狂わせていく。ソラはエリオの傍らに座り、彼が握りしめていたスケッチブックを手に取った。 「エリオさん、あなたの記憶の中にある『花』を、私に見せてください」 ソラは、母リナが開発した再統合装置のヘッドセットを、自分とエリオの頭に装着した。本来、この装置は一方的に記憶を「抽出」するためのものだ。だが、ソラはリナの執務室で見つけた古いメモの記述――「記憶は種火である」という言葉――を信じ、回路を「共有」モードへと組み替えていた。 スイッチを入れた瞬間、ソラの意識は爆発的な光に

ナディール号の医務室は、もはや安全な場所ではなかった。
 外壁を叩く灰の粒は、砂嵐の電磁波を帯びて青白く発光し、船内の電子機器を狂わせていく。ソラはエリオの傍らに座り、彼が握りしめていたスケッチブックを手に取った。
「エリオさん、あなたの記憶の中にある『花』を、私に見せてください」
 ソラは、母リナが開発した再統合装置のヘッドセットを、自分とエリオの頭に装着した。本来、この装置は一方的に記憶を「抽出」するためのものだ。だが、ソラはリナの執務室で見つけた古いメモの記述――「記憶は種火である」という言葉――を信じ、回路を「共有」モードへと組み替えていた。
 スイッチを入れた瞬間、ソラの意識は爆発的な光に飲み込まれた。
 ――視界が反転する。
 そこは、灰の海ではなかった。
 見渡す限りの青い空と、風にそよぐ草原。エリオの記憶の深淵に刻まれた、かつてのアッシュ・テラの姿だ。ソラはその中を、エリオの視点を借りて歩いていた。
『……見てくれ、ソラ』
 エリオの声が、頭の中に直接響く。
『これが、俺が守りたかったものだ。でも、これはただの過去じゃない』
 風景が歪み、現代の灰色の砂漠へと切り替わる。エリオは灰の丘の頂上に立ち、地面を指差していた。そこには、彼が描いていたあの青い花が、一輪だけひっそりと咲いていた。
 驚くべきことに、その花の根元には、無数の石英結晶が転がっていた。花は結晶から発せられる微弱な光と熱を吸収し、周囲の灰を少しずつ黒い「土」へと変えていたのだ。
「これは……石英結晶を食べているの?」
『そうだ。石英病は、人間を殺すための病気じゃない。惑星が、自らの記憶を物質化し、それを栄養にして生命を再生しようとする、巨大な代謝プロセスなんだ。……人間が死んで灰に還るとき、その記憶は結晶となって大地に残り、次の生命の糧となる。それがこの星の循環なんだよ』
 ソラは戦慄した。石英病とは、個体の死と引き換えに種を存続させるための、惑星の生存戦略だったのだ。そして、人間が「治療」と称して結晶を無理やり脳に戻したり、他者の記憶を触媒にして消去したりすることは、その循環を断ち切る行為に他ならなかった。
『俺の記憶が石英になれば、この花はもっと大きく育つだろう。俺という個人が消えても、俺の記憶はこの星の未来になる。……だから、俺を救わないでくれ』
 エリオの願いは、あまりにも純粋で、そしてあまりにも残酷だった。