灰色砂漠の病院船 第2話「第一章:結晶の代償」
第三ハッチが開くと同時に、熱を帯びた灰の風が流れ込んできた。 搬送されてきたのは、七十代と思われる老人だった。担架に乗せられた彼の姿を見た瞬間、ソラは息を呑んだ。老人のこめかみ付近から、半透明の美しい結晶がいくつも突き出していたのだ。それはまるで、脳の内側から芽吹いた宝石のようだった。 だが、その美しさは死の宣告だ。 「石英病……これほど進行しているなんて」 老人が苦しげに喘ぐたび、その皮膚を突き破って小さな石英の破片がパラパラと床にこぼれ落ちる。それは彼の記憶の残骸だ。砂嵐に含まれる微細な「核」が脳に侵入し、神経細胞を物理的な結晶へと変質させてしまう。結晶となった記憶はもはや脳には留まれず、
第三ハッチが開くと同時に、熱を帯びた灰の風が流れ込んできた。
搬送されてきたのは、七十代と思われる老人だった。担架に乗せられた彼の姿を見た瞬間、ソラは息を呑んだ。老人のこめかみ付近から、半透明の美しい結晶がいくつも突き出していたのだ。それはまるで、脳の内側から芽吹いた宝石のようだった。
だが、その美しさは死の宣告だ。
「石英病……これほど進行しているなんて」
老人が苦しげに喘ぐたび、その皮膚を突き破って小さな石英の破片がパラパラと床にこぼれ落ちる。それは彼の記憶の残骸だ。砂嵐に含まれる微細な「核」が脳に侵入し、神経細胞を物理的な結晶へと変質させてしまう。結晶となった記憶はもはや脳には留まれず、物理的に剥がれ落ちていく。それが石英病の正体だった。
「ソラ、結晶を回収して。一つも零さないように」
リナの指示に従い、ソラは震える手でピンセットを操り、床に落ちた結晶を特殊な保存容器に収めていく。結晶は淡い青色や桃色に輝き、それぞれが老人の人生の断片を封じ込めていた。
手術室に入ると、老人の娘と思われる女性が泣きながら待っていた。
「先生、父を助けてください! 何でもします、何でも差し出しますから!」
リナは女性を一瞥し、事務的なトーンで告げた。
「石英化した記憶を脳に再統合するには、触媒が必要です。あなたの記憶を一つ、捧げてもらいます。お父様との思い出の中で、あなたが最も大切にしているものを」
それが、この惑星における「治療」のルールだった。失われた記憶のパズルを埋めるには、他者との強い感情的繋がりをエネルギーとして消費しなければならない。
「捧げた記憶は、あなたの頭の中から完全に消え去ります。お父様はあなたを思い出すかもしれませんが、あなたは二度とお父様とのその瞬間を思い出すことはできません。……いいですね?」
女性は一瞬躊躇したが、すぐに力強く頷いた。
「お願いします。父が助かるなら、私は……」
手術が始まった。ソラはリナの補助につきながら、複雑な光ファイバーが張り巡らされた再統合装置を見つめていた。リナの指先は精密機械のように正確で、老人の脳から取り出した結晶を、娘から抽出した記憶のエネルギーと共に脳内へ戻していく。
数時間後、手術は成功した。老人のバイタルは安定し、脳内の結晶化も止まった。
病室で目を覚ました老人は、傍らに座る娘を見て、穏やかに微笑んだ。
「ああ……お前、大きくなったな。あの時の、ひまわり畑でのことを覚えているよ」
老人の記憶は戻った。だが、娘の反応は違った。彼女は呆然とした表情で、父の手を見つめていた。
「ひまわり……? 父さん、何のこと? 私たちは灰の砂漠で育ったのよ。そんな花、見たこともないわ」
娘の瞳からは、父と共有していたはずの最も美しい記憶が、跡形もなく消えていた。彼女にとって、目の前の老人は「助けるべき父親」ではあっても、共に笑い合った記憶のパートナーではなくなってしまったのだ。
ソラは病室の影で、拳を強く握りしめた。
「これが、私たちの救っているものなの……?」
命は助かった。だが、そこにあったはずの絆は、治療という名のメスによって切り刻まれてしまった。ソラには、それがどうしても「正しいこと」だとは思えなかった。