八月だけ逆さまの団地 第8話「第7章:祖父の遺言」
嵐が去った後、三人は再び父の部屋に集まった。 誠司は地下で見た「心臓」の正体について、晴人が持ってきた祖父の手帳と照らし合わせながら説明を始めた。 「善蔵さんは、この団地を『呼吸する有機体』として設計したんだ。真鍮の球体は、人々の感情を微弱な電流に変えて循環させるシステムだった。彼はそれを『相互扶助の磁場』と呼んでいた」 誠司が指し示した手帳の図面には、細かな注釈が書き込まれていた。 『孤独は重力である。独りでいる者は地へ沈み、誰とも繋がれぬまま消えていく。ならば、その重力を反転させよ。互いを求め合う心を浮力に変え、空で手を取り合える場所を作れ』 祖父の言葉は、あまりにも純粋で、それゆえに危う
嵐が去った後、三人は再び父の部屋に集まった。
誠司は地下で見た「心臓」の正体について、晴人が持ってきた祖父の手帳と照らし合わせながら説明を始めた。
「善蔵さんは、この団地を『呼吸する有機体』として設計したんだ。真鍮の球体は、人々の感情を微弱な電流に変えて循環させるシステムだった。彼はそれを『相互扶助の磁場』と呼んでいた」
誠司が指し示した手帳の図面には、細かな注釈が書き込まれていた。
『孤独は重力である。独りでいる者は地へ沈み、誰とも繋がれぬまま消えていく。ならば、その重力を反転させよ。互いを求め合う心を浮力に変え、空で手を取り合える場所を作れ』
祖父の言葉は、あまりにも純粋で、それゆえに危うかった。
「でも、どうしてそれが神隠しなんてことに?」
沙希の問いに、誠司は重い口を開いた。
「システムには、安全装置が必要だったんだ。善蔵さんは、もし団地がその役割を終える時が来たら、すべてを無に帰すための『鍵』を用意していた。だが、彼はその鍵を隠してしまった。団地があまりにも愛おしくなり、終わらせることができなくなったんだろう」
晴人は手帳の最後のページをめくった。そこには、団地の管理事務所にある古い柱時計のスケッチが描かれていた。
「これだ……。管理事務所の時計。あそこには善蔵さんが生前、一番長くいた場所だ」
三人は夜の団地を駆け抜けた。管理事務所は一階にあるため、重力は正常だ。しかし、夜の事務所はひっそりとしていて、まるで時間が止まっているかのようだった。
壁に掛けられた巨大な振り子時計。それは団地が完成した時から、一度も止まることなく時を刻み続けてきたという。
晴人は時計の裏側に手を伸ばした。指先に、冷たい金属の感触があった。
引き出したのは、一本の古い万年筆だった。キャップには祖父のイニシャルが刻まれている。
「これが、鍵……?」
「いや、その万年筆自体が装置の停止コードを入力するためのデバイスなんだ」
誠司が感心したように言った。
「善蔵さんは、自分の意志ではなく、未来の誰かが『言葉』を綴ることでこの場所を終わらせるように設計したんだな」
しかし、喜びも束の間だった。時計の針が午後八時を指した瞬間、団地全体が大きく軋んだ。
地下の「心臓」が、自分を止めようとする動きを察知し、防衛本能を剥き出しにしたのだ。