学園機甲部の合唱隊 第8話「第7章」
朝の光は砕けた格納庫の裂け目に淡く差し込み、粉塵の粒子が金属の断面に靜かに踊っていた。規制局の四輪駐車車両が正門に列を作り、白桐重工の黒いリムジンが隣に並ぶ。報道のカメラが学園の生徒たちを遠巻きに写し、数台のスマートフォンが小さな画面の中で同じ映像を再生している。咲良は端に立ち、まだ冷たい風を胸の中で受け止めていた。昨夜の破裂音と金属の雨は、まだ耳の奥で残響となっていた。
朝の光は砕けた格納庫の裂け目に淡く差し込み、粉塵の粒子が金属の断面に靜かに踊っていた。規制局の四輪駐車車両が正門に列を作り、白桐重工の黒いリムジンが隣に並ぶ。報道のカメラが学園の生徒たちを遠巻きに写し、数台のスマートフォンが小さな画面の中で同じ映像を再生している。咲良は端に立ち、まだ冷たい風を胸の中で受け止めていた。昨夜の破裂音と金属の雨は、まだ耳の奥で残響となっていた。
「運用停止措置を命じます」規制局の中堅らしい官僚が書類を手渡しながら言った。声は低く、しかし冷徹だった。「共鳴舷は即時封印、歌鎧の稼働はすべて凍結。学園内で和音許諾の審査手続きを改めて行う。外部からの技術介入は、規制局の審査が通るまで認められません」
白桐の代表は微笑を崩さず、考え尽くされた言葉をひとつずつ置いた。「遺憾の念は同じです。ただ、被害の復旧と地域の安全確保のために、弊社は技術支援を申し出ます。保存という観点からも最善の対応を──」
その「最善の対応」が何を意味するのかを、誰よりも茜は知っていた。彼女の家族は過去、声を失いかけた経験があり、茜の顔はわずかに青ざめていた。「それは譲れない。文化の保存ではなく、兵器転用の口実にはさせない。白桐が技術を提供するということは、学園の資産が彼らのコントロール下に入るということよ」
矢野は両手を組んで前に出た。顔つきは疲れているが、言葉は冷静だ。「理想は分かる。だが今は壊れた機体があり、部員の心身が乱れている。修理資金も、部品供給も必要だ。白桐の図面と照合して、彼らの提示を技術的に評価したい。拒否一辺倒で現場の安全が置き去りにされるのは違う」
理央は二人の間に立ち、手を水平に構えた。「どちらかが全面的に正しいわけじゃない。私たちが守るのは学園と地域、そして仲間の声だ。話し合いでガイドラインを作るべきだよ。条件付きでの技術支援は検討できる。白桐に公開の審査を受けさせる、規制局には厳格な監査を──」
議論は夜まで続いた。教室の蛍光灯の下、親たちの声が割れ、学園評議会の面々が書類を差し出し、報道陣のカメラは細部を追った。だが誰の言葉より学園の空気を重くしたのは、映像の存在だった。昨夜の格納庫で撮られた数十秒の断片。芽衣の喉に残る薄い円形の痕、装甲に刻まれた白い光の波形、そして咲良が一瞬、唇を震わせる姿。動画はすでに学外へ拡散していた。何が「偶然」かを問いただす眼差しが、チームの誰かへ向けられる。
「動画を見る限り、誰かが機体の外部から干渉した可能性がある」矢野がログを示し、解析結果を開いた。「共鳴の周波数に不自然な符号が載っている。翳声会のデータベースにあるパターンに一致する痕跡も見つかった。だけど、それが誰の音か、どの位置から発信されたかは断定できない」
茜は息を詰め、唇を噛んだ。「つまり、誰かが意図的に声を奪い、機体を暴走させようとした──それが本当なら、私たちはただの保存団体のフリをしているだけに見える。外部に握られたら、歌は武器になる」
「それでも、今こそ冷静にならないと」理央の声が割り込んだ。「茜、矢野、ふたりとも正しい。だけど私たちが分裂していては外の勢力に付け入られる。まずは安全の確保と、部員の声の保全だ。規制局の措置に従いつつ、私たちでできること──練習のやり方を変えよう」
咲良はそのとき、皆の輪の外で小さく手を挙げた。皆が彼女を見る。理央が促す。「咲良、どうする? あなたが歌鎧と繋がったのは偶然じゃない。あなたは…あなたの声には力がある。だけどそれがどう働くか、みんなには分からない。隠していることはあるの?」
質問は簡潔で、重かった。咲良の心臓は一瞬で早鐘を打った。昨夜、彼女が引き伸ばした一音は、和音の均衡を回復させた。だがそのとき彼女は古歌の断片を口にする寸前で止め、歌詞を言葉に出さなかった。出せば起動コードになり得る。出せば代償はさらに大きくなる。何かを明かせば仲間の不安は和らぐかもしれない。だが、前世の記憶という事情は、説明すれば説明するほど奇異に響くだろう。
「…何も隠してはいない」咲良は言った。声は掠れていた。嘘をつくつもりはない。ただし全部を話す勇気はまだない。「私は、どうしても今は歌を使って機体を動かしたくない。運用停止中だから、安全な範囲でできることを提案したい」
「具体的には?」茜の視線は厳しい。彼女の世界では言葉の意味が命に直結する。
咲良は息を整え、提案を口にした。「共鳴舷を外した状態での声の保存と訓練。心拍同期の練習は、機体には繋がず、生体モニターで心拍を見ながら行う。和音の練習は三声以下のハミングや無言の口笛、歌詞を含まない旋律のマッチングで行う。古歌は一切口に出さない。目的は声の安定化と、各自が和音で不協和による動揺を起こさない訓練をすること」
「三声以下なら起動しないのか?」矢野が眉をひそめる。
「規則上、起動条件は四声以上と完全五度+長三度の基礎和音だ。それに共鳴舷の接続と心拍同期が必要。だから三声での練習やハミングは物理的に機体起動の危険が低い。だけど、心拍が高揚して共鳴舷に繋がれたら別の話。だから接続はしない。極端に言えば『歌うけれど機械に触れない』訓練だよ」
矢野は端末で規約を開き、眉間の皺を深くした。「技術的には可能だ。ただし心拍同期の練習そのものが、強い感情を引き起こすと代償につながる。咲良、君が昨夜受けた代償は軽微だったかもしれないが、繰り返せば恒久的な声や感情の麻痺を招く。私たちはそのリスクを明確に示してから行動しなければならない」
茜は首を振った。「私は反対よ。手元に心拍モニターを置いただけで安心なんてできない。白桐の言う“支援”を受けると、機体と私たちの声が外部の監視下に入る。あの企業は学問や文化の名で技術を集め、兵器化する。もし私たちが弱みを見せたら、彼らはそれを利用する」
理央が間をとった。「なら、条件を提示しよう。支援は受けるが、我々の条件を満たすこと──公開された審査、学内監査委員会の立ち会い、部品や修理の記録を公開。規制局の監査下での技術提供を受けさせる。ただし、私たちの訓練は学内だけで行い、古歌の歌詞は一切使わない」
議論は平行線のまま暗く沈み、ついに校長が重たい決断を下した。「学園は保存と教育を第一とする。だが今回の事態は、外部の圧力と地域の不安を生んだ。暫定的に運用は停止し、白桐の支援は受け入れるが、すべて学園の第三者監査のもとで行う。私たちは学園の名誉を守り、同時に地域の安全を最優先する」
合意とは言い難い決定だった。茜は怒りを押し殺し、矢野は溜息をつき、理央は苦い笑みを浮かべた。咲良はその場にいた全員の視線を一度だけさっと掬い取ると、重い足取りで部室へ向かった。部室の扉を閉めると、音が大きく反響した。壁に貼られた譜面と、格納庫で垂れた油の臭いが交差する。仲間たちの言葉が胸に刺さるように残った。
「君は昨夜何を歌ったの?」理央が静かに尋ねる。問いは責めでも激励でもなかった。ただ、幼馴染として、仲間として知る権利があるという暖かさを含んでいた。
咲良は窓の外の壊れた扉を見つめ、言葉を飲み込んだ。真実を言えば、前世の断片が迫り、瑞音の旋律が喉の奥で光っ