学園機甲部の合唱隊

学園機甲部の合唱隊 第21話「第19章」

学園の空は早春の柔らかな灰色に覆われていた。朝礼台の影が長く伸びる時間、機甲部の保管庫横にある小さな会議室で、四人と一人の来訪者が丸卓を囲んでいた。ガラス越しに見える校庭には、昼間でも人の気配が薄く、あの夜の海の冷たさがまだ肌に残っているように感じられた。

学園の空は早春の柔らかな灰色に覆われていた。朝礼台の影が長く伸びる時間、機甲部の保管庫横にある小さな会議室で、四人と一人の来訪者が丸卓を囲んでいた。ガラス越しに見える校庭には、昼間でも人の気配が薄く、あの夜の海の冷たさがまだ肌に残っているように感じられた。

矢野透はノートパソコンの画面を向け、バッグから取り出したUSBメモリを差し込むと、海辺で得たデータの断片を次々と投影した。胸部符号の拡大図、古歌譜の鉛筆で走らせた筋、試作機内部に刻まれた補完符号――それらはひとつの模様を描き出し、やがて誰もが息を飲む一致を浮かび上がらせた。

「これが、さっきの符号。胸部の“不在”と同じ配置だ。リズムの刻み方も、符号の位置関係もほとんど一致してる。設計者が意図的に古歌の節を鍵にしたってことが、ここでほぼ確定する」矢野の声は低く、だが確信に満ちていた。

茜は手元の書類を押しながら眉を寄せた。「開示していいの? 学園規約でも合唱外での歌詞公開は禁じられている。古歌の節は起動コードになってるって可能性がある以上、勝手に再生するのは学則違反になるわ」

「規則は守る」と咲良は頷いた。けれど、その奥に潜む決意は揺るがなかった。「でも、ここにあるものを学園の安全な場所で検証して、もし利用できるならそのための手順を作らなきゃ。放置すれば白桐の残党に回収され、翳声会に利用されるだけだ」

会議室のドアが軽く開き、相模真理が入ってきた。外套の撥水布が肩に張り付き、彼女の表情はいつもよりも静かだった。真理が持ってきたのは薄い封筒で、そこにはかつて彼女が残した手記の複写と、誰にも見せていなかった古歌の一節がひとつ、丁寧に書き記されていた。

「遅れてごめん」真理はその封筒を差し出す。「私が封じていた節の写し。これをもう一度検証してほしい。封じた理由と、封じた方法については――」彼女は言葉を切った。指先が少し震える。

矢野が封筒の中身をスキャンにかけ、並べた符号図と照らし合わせる。画面の中で墨の線が符号図と重なり、やがて一箇所、文字通りぴたりと合致した。

「これ……真理さんの封じていた節と、瑞音が最後に歌ったとされる節が一致してる」茜の声が震えた。声というものは時に冷静な理屈よりも先に胸を締め付ける。

真理は黙って頷く。瞳に薄い汗が見えた。「それを、私が封じた。瑞音――君の前世の人の最後の節、と同一の骨格を持っていた。封じたのは、起動の“穴”を作らせないため。だが封じたことで、別の方法で使われることもできると示唆されているのが今の状況よ」

咲良は胸の奥で古い旋律の断片を探した。瑞音の顔が、夢の中で静かにこちらへ向けて唇を動かした記憶がある。それはいつも手の届かない場所へ彼女を誘う。だが言葉にすることはできなかった。今は決断の時だ。

「私たちは、封じるか、開くか、どちらかを選ばないといけない。だがどちらもリスクがある。遠隔同調を伴うと、心拍同期の遅延が生まれる。遅延は機体の補正を過剰にし、搭乗者の感情を暴走させやすくする。代償は単なる一時的な記憶喪失ではなく、恒久的な声の喪失にもつながる」矢野は端末を指で叩きながら続けた。「距離を伸ばすと、確率的に“負荷の集中”が起きる。集中した負荷を受ける者の声や感情が削られるんだ」

理央が右肩に包帯を巻きつけたまま、テーブルに拳をついた。「じゃあ、どうするんだよ。ここに放っとけるわけないだろ。戻したくない記憶だってある。でも、声を奪われる人をこれ以上増やすわけにもいかない」

茜は書類を閉じ、深く眼を伏せてから、穏やかにしかし確実な声で言った。「手順を二段階に分けるべきだと思う。まずは符号と古歌の照合、そして学園内での小規模同調実験。ここで安全性と負荷の分散方法を検証する。遠隔同調は最終手段。もし使うなら、誰もが納得した上で行う。法律的な手続きも、地域参加の同意も得る。私が学園の手続きを固める。地域参加の呼びかけも私がやる」

真理が静かに笑った。「私には、封じる側の選択肢がある。封じるというのは、ただ曲を隠すことではない。私は封じを再現して、封じられたままの一節を“触媒”として扱う方法を用意できるかもしれない。封じ手は、節と機体の間に“歪み”を作り、暴走の際にその歪みが蓄積される感情を外へ抜く弁のように働く。代償は必要だ。封じる者には、一時的でも深い音律の破片を自らの中に留める負担が課せられる」

その言葉に、全員が目を向ける。真理は続けた。「つまり、私が封じることは、最悪の暴走を防ぐ可能性があると同時に、私が負う代償を意味する。私はその代償に耐えるつもりだ」彼女の指先が封筒の縁を押し、そこに書かれた文字を撫でた。「だが、それが瑞音の最後の節と一致するなら、私がそれを封じるという行為は――過去を再び封じることにもなりかねない」

咲良は真理の目を見つめた。そこには責任と疲弊、そして不意に見せる希望が混じっていた。幼馴染の理央は、咲良の握った手をぎゅっと強くした。矢野は機器の微調整を思い描きながらも、技術者としての算段を頭の中で組み立てている。

「遠隔同調をやるなら、負荷を一人に集中させないことが条件だ」矢野が說明する。「心拍同期の制御手順を分割して、複数ノードで負荷を分散する。学園にいる大勢の声を一次ノード、遠隔の試作機群を二次ノードにして、咲良はノードの接合点となる“導音”を担う。だが導音は最も激しいフィードバックを受ける。導音を務めた者は、通常の同調よりも代償が大きい。記憶から感情の輪郭が削られる危険が高まる」

「導音って……それ、結局は誰かが『代わりに失う』ってことなんじゃないの?」茜の声に怒りが混ざる。だがその怒りは、自分たちが取るべき責任の重さを痛感しているからこそ燃えているのだった。

咲良の胸が引き裂かれるように痛んだ。前世の痛みが、まるで自分の身体に新たに刻まれるように蘇る。だが彼女は首を振り、ゆっくりと息を吐いた。「私は導音をやるつもりはない。まだ決められない。だけど、真理さんが封じを引き受けてくれるなら、それは別の形の役割だと思う。封じるのは開くのとは違う。封じることが、本当にみんなのためになるなら、私は真理さんの選択を支える」

真理は一瞬ぎょっとした表情を見せたが、すぐに柔和な笑みを作った。「ありがとう、咲良。けれど封じは私一人でできるわけじゃない。封じの節を扱うとき、周囲の和音が触媒の暴走を防ぐ鍵になる。つまり、封じる側と補完する側、両方が必要なの。封じが完了した瞬間に、誰かが和音で“受け止め”なければならない。その“受け止め”に必要なのは、深く安定した声域と、心拍の正確な同期だ」

理央が痛みをこらえながら腕を組んだ。「俺に任せてくれ。ここで止めるって言ったのは俺たちだ。咲良を、学園を守るために俺は何でもする」

茜は理央を睨みつけるように見た後、深く息をついた。「理央、あなたの気持ちはありがたい。でも、負担を一人に押し付けるわけにはいかない。私たちは合意のもとで、負担を計画的に分散する。地域の声も使う。私が行政手続きを詰め、地域の了承を得る。矢野は技術を詰めて、負荷分散アルゴリズムを完成させる。真理は封じの準備をし、あなたは封じの補完とし