磁気嵐の宇宙海賊 第3話「第2章」
朝焼けのような光が舷窓を斜めに滑り、スプロケット号の内部は薄く金属の温度を帯びていた。外はまだ帯域の薄い濃霧が張っているだけで、嵐の牙は今日のうちに牙を剥くかもしれないという空気が船内の隅々にしみ込んでいる。カイ・リムは艤装室の片隅に腰を下ろし、掌の中でシャードを撫でていた。金属片は冷たく、だがかすかな振動を保っている。胸に当てれば微かに鼓動のように伝わる。だが彼は今、使わないと決めていた。
朝焼けのような光が舷窓を斜めに滑り、スプロケット号の内部は薄く金属の温度を帯びていた。外はまだ帯域の薄い濃霧が張っているだけで、嵐の牙は今日のうちに牙を剥くかもしれないという空気が船内の隅々にしみ込んでいる。カイ・リムは艤装室の片隅に腰を下ろし、掌の中でシャードを撫でていた。金属片は冷たく、だがかすかな振動を保っている。胸に当てれば微かに鼓動のように伝わる。だが彼は今、使わないと決めていた。
「なあ、カイ」マーヴの声が背後から近づいた。手には油の付いた布と、古いギアの一片。彼女は整備士だ。ギアの噛み合いを見つめる時のマーヴの顔は、誰よりも厳しく何よりも優しい。
「おはよう。昨夜、何か見たか?」マーヴはカイの掌を見てそこにある小さな欠けを指差した。いつもは気にしない細かい凹みだが、マーヴの目がそれを見逃すはずはない。
カイは肩をすくめる。夢が見たのは断片だ。長い廊下、灯りの輪、歌の旋律の一節。それらは現実の質量を持つように彼の胸を押し、その隙間に消える名を探すと胸が冷たくなる。記憶を取り戻すたびに、代償が消えていく。だから彼は使わない。今日は使わない。
「見た。だが言葉にできない。ここで何かを動かすのは、後で後悔する」カイは低く答えた。自分への約束だった。
その時、デッキの向こうから足音が近づき、セリオ・タッグが薄い光の中に姿を現した。航海士の顔は疲れているが、眼差しは刺すように鋭い。彼はいつもと変わらず、舌先に辛辣さを乗せて話す。
「夢か。夢を見る暇があるなら、補給の算段をつけろ。帯域の仕事は夢で食えない。貨物一隻で二週間分の食糧になるんだぞ」
セリオの口調に誰も即座には反論しない。だがヌーラはあきらめたように首を振り、糸巻きのような悲しげな笑いをこぼした。彼女は医療兼救助担当で、人命を見捨てることができない性質だ。
「物資は必要だわ。でも私たち、昨日の救助でどれだけの人を助けた? 平衡は、人の命で取れない」ヌーラは静かに言う。目はカイに残る。支持と心配が同居している。
スプロケット号の狭い談話室に、古びた紙の匂いと油と潮の香りが混じっていた。茶色に変色した革表紙を、セリオが無造作にテーブルに置く。古い航海日誌だ。封筒のように厚い紙でとじられたページの端は擦り切れ、インクは滲み、ところどころ塗りつぶされたページがあった。ページをめくるたびに、時折風鈴のような微かな残響が金属の角にぶつかるような音を立てる。
「これ、見ろ」セリオは日誌を開き、指でページをめくる。彼の手は厚く、指先には航海の年季が刻まれている。だがページをめくるごとに、ある一連のページに来ると、紙面は突如として白い。ただの白紙、あるいは意図的に黒く塗りつぶされた痕と細い紙の繊維だけが残っている。そこにあるのは空白だ。空白のページの縁にだけ、かすかなインクの滲みと、波紋のような薄い模様がついていた。
「空白だな」マーヴが眉をひそめる。彼女は紙を傾け、光に透かすようにしてみた。インクの滲みは海の潮目のようで、誰かの手で隠したようには見えない。だがページの縁に沿った、微細な擦り傷の模様がシャードの波紋に見えたのは気のせいだろうか――マーヴはそれに気づいて顔を硬くした。
カイの胸は小さく弾んだ。シャードの波紋。それは彼の手の中で見慣れた模様だ。だが今、紙の縁にその模様が「落ちている」ことに気づいた時、彼は意識的に呼吸を整えた。連続性が生まれつつある。シャードと古い紙と、どこか忘れられた旋律が、何かを指し示している。
「このページ、誰かが触ったか?」カイは問うた。言葉には無理がある。彼自身、シャードを開くことなく何かへ手を伸ばしたかった。だが先刻の代償が頭をよぎる。小さな使用が、彼の幼年の名を奪った。今は押しとどめねばならない。
「触ったのは俺だ」セリオが即座に答えた。彼は日誌を閉じるような素振りを見せたが、その動作は鈍かった。視線が一瞬暗く落ちる。
「どうして空白なんだ?」ヌーラが問い詰めるように続ける。表情の裏に責任の影が差す。セリオは黙ったまま、指の間で何かを擦るようにする。彼の中に何か言葉にならないものが引っかかっているのがわかる。
テーブルの上、子供用の小さな食器が寄せられている。ピトという名の難民の少年がテーブル端に座り、まだ薄い体をすぼめていた。彼は昨日救助した一人だ。カイはその子が小さな口笛を吹き始めるのを聞いた。子守歌の一節を、まだよく知らない口で、ぎこちなく口笛で吹いている。それは昨日救助した船内録音の中で聞こえた断片と同じ旋律だ。カイはすくっと反応した。誰かに聞かれたかもしれないが、ピトはすぐに恥ずかしそうに俯いた。
「上手だな」マーヴが笑い、ピトの頭をそっと撫でる。ピトの目が一瞬だけカイに向く。そこには感謝と、何者かへの憧れが混じっている。カイはその視線を返すが、自分の胸に開いた空洞が冷ややかに疼く。
「俺は、あの夢の示す場所を調べたい」カイは突然口を開く。夢は断片だ。だがそれが今、日誌の空白と、シャードの波紋と、ピトの口笛と、紙の縁のインクの滲みと合わさっていると思えたのだ。小さな探索だ。ボートで周辺を一周して、残骸群を確かめるだけ。だが言葉になると、セリオの顔は険しくなった。
「金にならねえ。どうしていつも金にならない方向へ行くんだ、カイ」セリオの言葉は単純だが強い。海賊は生業だ。物資がなければ生き残れないという現実が乗組員の大半を支配している。カイの救助思想は理念だが、船は理念だけで動くほど甘くない。
マーヴはテーブルに肘をつき、冷静に両者を見比べた。「俺たちが救助を続けるなら、補給線をどうするか具体的な案が必要だ。略奪無しでやるなら、コミッションなり関税なり、外部と取引可能な証明が要る」彼女は筆記用具を取り出し、地図と残骸情報を指でなぞった。現実的解決案だ。だが彼女の目はカイに優しく向けられていた。「ただ、カイ。無理はするな。シャードを無闇に使うな。代価を払うのは君だ」
カイはうなずいた。彼は能力を発動しないと宣言した。嵐域で、シャードを胸に当て、磁気と共鳴させれば、羅針感応は断片的な示しを与える。しかし、それは他人の意志を操る道具ではないという禁止があった。もしそれを破れば他人の時間感覚を乱し、取り返しのつかない傷を残すだろう。さらに、発動するたびに彼自身の個人記憶が消えていく。今度はその代価を支払う気は無い。今、調べたいのは場所だ。場所なら、科学でも、観測でも、調べられる。そう言い聞かせた。
「──よし、三人で小さく周回する」マーヴが折れたように言った。「俺が操縦の補助をしてやる。ヌーラ、君は医療班として待機。セリオはここで残ってくれ。全員で行くのは危険だ。偵察だけなら問題ない」彼女は短く計画を述べる。賛成か反対かの選択は早かった。乗船メンバーのほとんどは、今日の略奪候補を優先すると口にするだろう。だが数人、特にヌーラとピトの目はカイの方に向いていた。
セリオは硬い笑みを作る。「いいさ。俺の分の食料は持って行け。だが戻って来い。俺は待つ」その微かな温情を、カイは見逃さなかった。だがそれはまた、彼が敵と同盟者を同時に持つことの証でも