ビデオ怪獣館の館主 第8話「第7章」
還写館の倉庫は、古い映画ポスターと新しい看板が同居する奇妙な短冊街の奥にあった。昼間は表向きに「古典映画保存会」と掲げられるそこが、夜になると別の顔を見せると、風間は言っていた。彼の指先で示された入口は裏口の薄暗い扉で、錆びた蝶番が軋んだときに、まるで古い映写機の回転音がどこかで被った。外気は港町の潮の匂いを含んでいるが、扉の向こうはすでにインキと薬品の匂いが強く、古いフィルムと洗浄液の混ざった匂いが鼻腔を満たした。
還写館の倉庫は、古い映画ポスターと新しい看板が同居する奇妙な短冊街の奥にあった。昼間は表向きに「古典映画保存会」と掲げられるそこが、夜になると別の顔を見せると、風間は言っていた。彼の指先で示された入口は裏口の薄暗い扉で、錆びた蝶番が軋んだときに、まるで古い映写機の回転音がどこかで被った。外気は港町の潮の匂いを含んでいるが、扉の向こうはすでにインキと薬品の匂いが強く、古いフィルムと洗浄液の混ざった匂いが鼻腔を満たした。
「ここが、例の還写館か」こたろうが息を詰めて言った。彼の手は震えていた。昨夜よりもさらに、彼には自分の何かが欠けている実感が強くなっているようだった。
春子は懐中電灯の光をフィルム缶の列に走らせながら、低く呟いた。「扉のセキュリティは予想よりも甘いわ。外面を気取ってるのね、宣伝用と研究用を分けて隠している」
昴は首筋の汗をぬぐい、周囲を確かめた。還写館に見せ物としての面があるなら、研究室は別棟に違いない。風間が用意してくれた名刺型の偽装訪問票を胸ポケットに滑り込ませ、三人は薄暗い通路を奥へと進んだ。床には細かなフィルムの粒子が積もり、踏むたびに微かなパチパチが鳴る。映写室で聞くノイズとは違う、実体を伴った音だった。
奥まった部屋の扉を押し開けると、そこは想像していた以上に「実験室」だった。壁には巨大なスクリーンの枠組みが描かれ、中央には見慣れぬ機械が鎮座している。丸いドラムと複雑な送り装置、フィルムを洗い、削り、焼き付けるかのようなチューブとノズル。隣には液晶パネルではなく、古いアナログメーターと磁気テープのリールが並んでいた。
「これが、語りを削ぐ装置……?」春子の指がパネルのラベルをなぞる。ラベルには淡く『再現調整ユニット』とあり、小さな手書きの紙片がテープで貼られていた。その紙片には複数のログ番号と日付、そして「実験:欠落強化/音声使用=RF-12」といった断片的な記録が並ぶ。
風間が棚の一本をひっくり返し、ファイルを取り寄せた。中には一覧表が収められ、被験地、被検資料、露光時間、除去箇所の指標――そうした冷たい数字が並んでいる。その最下段に、名刺が一枚挟まっているのを春子が発見した。
「……これ、力の名刺だ」春子の声がひどく、硬かった。名刺にはあの日常の文字列、風間 力――地域紙「高辻日報」記者、という肩書きがある。角はやや擦れていて、どこかで挟まれて経年を経たように見えた。だがそれがここにあるという事実は、疑念という種子を仲間の胸にまくには十分だった。
風間は顔を無表情にして名刺を見つめ、そしてゆっくりと言った。「……ああ。これ、自分のだ。取材のために渡したことはある。けど、密約とか、共謀なんてしてない。奴らに接触したのは情報を引き出すためで、――最初は、だ」
こたろうは困惑で目を泳がせた。昴は風間の顔を見る。そこにあるのは弁解でも開き直りでもない、どこか疲労を纏った厭世的な自嘲だった。彼の胸中にまだ隠されているものがあるのは確かだ。仲間たちの視線が一瞬ぶつかり、部屋の空気がぎゅっと縮む。
「ログの日付は?」昴は尋ねた。問いは詮索ではなく、単純な事実確認のためだ。還写館の活動周期と風間の動きが重なるかを知る必要がある。
春子が指を辿る。「ここ。二か月前、半年前、そして二週間前。イベントの前後で記録が増えている。特に二週間前のエントリは、『露光調整協力:外部連絡有り(名刺参照)』って書いてある」
風間は喉を鳴らした。彼の返答は、誰もが期待する真実よりも複雑だった。「誰かが、僕に情報を持ってきたんだ。還写館の中にも反対派がいて、密かに『外に出せ』と言った。彼らは画像の欠落パターンを解析させてくれれば、組織の改変点を見つけられるはずだと言った。僕は記事にするつもりだった」
「言い訳に聞こえるわね」春子の目は冷たい。だがその冷たさの中には、憤りと心配が混じっている。彼女は記憶の代償を何度も見てきた人間だ。言葉は厳しいが、彼女の怒りの矛先は還写館にある。
風間は拳を握りしめ、硬い声で続けた。「だからって、彼らが何をしているか、ここまでだとは思わなかった。実際のところ、僕がもらった情報は断片的で、しかも彼らは最初から真の目的を隠していた。僕は利用されたんだ。だけど――それが言い訳にならないのは認める」
昴は黙ってから、一枚の巻取り図に目を留めた。そこには、焦げ紋に似た曲線図が印刷され、幾つかの閾値パラメータと連動していた。図の一角には、鉛筆で「鍵=閾値調整」と小さく書き込まれている。
「鍵が、閾値を調整するってことか」こたろうが言った。彼の声に微かな希望が混ざっている。もし鍵がその機能を持つのなら、昴が持つ鍵はまさに還写館が狙うもの――だが同時に、昴たちがこれまで守ってきたものの核心でもある。
春子がページをめくる手を止め、さらに小さな紙片を取り出した。そこにはテープの波形図とともに、ラジオ周波数の記録が貼り付けられている。波形の形は、昴が夢の中で聞いたあの男の声のものと酷似していた。古いラジオ音声の断片が、ここでは機械制御のテンポとして使われている。
「初代の声を使って機械のタイミングを合わせている」春子は冷たく笑った。「あのラジオの声が、人を導くのと同じ原理で。物語のリズムに合わせて欠落を作る。もう一つの証拠ね」
風間の顔が青ざめる。彼は名刺をテーブルに押し付け、言葉を絞り出した。「それを知った時、僕は……もっと踏み込んで記事にするべきだった。でも、還写館にも利用価値のある資料があって、僕はそれに目がくらんだ」
昴は机の上の一巻のフィルムをつかんだ。バランスを取るように、彼はそれを指で撫でた。フィルムの甘い油の匂いが鼻をくすぐる。中には大小さまざまなカットが混在していて、ところどころに研磨の痕、焦げ付いたような縁取りがあった。そこに刻まれた焦げ紋の断片は、彼らが見た封印の紋様と確かに一致している。
「これを持ち帰るべきか、破壊すべきか」春子が尋ねた。問いは重大だ。証拠を持ち出せば還写館の活動を公に暴けるかもしれない。だが撤去行為が露見すれば、逆に還写館は動きを速め、ここで使われている装置の設計図を別の場所へ移される危険がある。
こたろうは唇をかんだ。彼の記憶の隙間が、今や肌で感じられるほど広がっている。もしここで証拠を残して去れば、取り戻す手がかりをのがすかもしれない。だが、証拠を持ち帰ればその代償として何かがさらに消えるかもしれない。映写がもたらす忘却の原理は、ここでも無慈悲に作用している。
昴はゆっくりと顔を上げ、機械の奥にある小さな排気口を見つめた。そこには、さほど大きくはないが確かな痕跡があった。微細な灰のような粒子が、床の縁に薄く溜まっている。風間が言った「露光調整」の意味が、この空気の匂いで理解できた。
「証拠を記録して持ち帰る。現場は触らない」昴は決めた。「写真を撮って、可能ならフィルムの一断面だけをコピーする。実際のロットはここに置く。破壊は最終手段だ。還写館がここにいた証拠をこの場で消すべきではない。だが……」
春子は眉を寄せた。「だが何?」
昴は短く息を吐いた。「ここで無闇に閾値をいじれば、また灰霧を