ビデオ怪獣館の館主

ビデオ怪獣館の館主 第15話「第13章」

朝の光は、倉庫の高い窓を鉛色に滲ませた。粉塵を含んだその光が古いポスターの端を撫でると、焼け跡のように残った焦げ紋が淡く浮かび上がる。映写室の空気には、まだ何かが蒸発していくような残響が残っていた――あの夜の光が奪っていったものの匂いだ。昴はゆっくりと映写機のそばに座り、冷えた金属の触感を指先で確かめた。指先は震えている。力を振るうというより、何かを保つために手を置いているだけだった。

朝の光は、倉庫の高い窓を鉛色に滲ませた。粉塵を含んだその光が古いポスターの端を撫でると、焼け跡のように残った焦げ紋が淡く浮かび上がる。映写室の空気には、まだ何かが蒸発していくような残響が残っていた――あの夜の光が奪っていったものの匂いだ。昴はゆっくりと映写機のそばに座り、冷えた金属の触感を指先で確かめた。指先は震えている。力を振るうというより、何かを保つために手を置いているだけだった。

「試してみたんだろう?」春子が間合いを測るように言った。机の上には、こたろうが昨夜分解してきた映写機のパーツが整然と並んでいる。彼女は手袋越しに一枚のフィルムを取り上げ、顕微鏡の前に持って行く。フィルムの表面には新たな刻印が薄く付着していた。縁の一部に、見覚えのある焦げ紋が小さく反復している。

「ほんの少しだけ」昴は答えた。「ランプを通した。光は出た。だが、返ってくるものが薄くて――投影してもスクリーンの外へは出ない。境界が硬くなったみたいだ」

彼の声には哀しさが紛れていた。能力の喪失は単に便利さを奪ったのではない。映写で何かを引き出す度に必ず伴った、あの代償を差し引くための計算も、一緒に消されたのだ。どの記憶が、どれだけ薄くなるのかを見積もる勘が、鈍っている。だからこそ、試せない。使うたびに何を失うのか、確信できないのだ。

こたろうが無言で近づき、スクリーンの端を指で撫でた。若い指はまだ映写の振動を覚えているらしく、かすかな痕跡に触れてから、返すように白い犬の鼻先を撫でた。犬は嬉しげに尻尾を振り、こたろうの掌に頭を押し付ける。犬の黒い鼻は、倉庫の奥に置かれた未焼きフィルム缶の方へ向けられていた。

「外の動きはどうだ?」昴は力に尋ねた。部屋の空気が一瞬引き締まる。力は書類の束を抱えて入ってきた。目の下に残る疲労は、夜を徹して走り回った証拠だった。地域紙の小さな記事、還写館の裁判報道の切り抜き、そして届いたばかりの物流記録が混ざっていた。

「表向きは処理されてる」力がささやいた。「還写館は公的に解体、研究資料の一部は押収された。でも――そこが問題だ。手続きの途中で、いくつかのフィルムと記録が『抜けて』いる。押収リストにあるはずの改変フィルムの束が、実地検査で見つからないんだ。ログの一部は改竄されてて、誰が持ち出したかを示すトレーサーが途中で途切れてる」

春子が顕微鏡から顔を上げた。その瞳に、修復士としての冷徹さが戻る。「つまり、組織の上層に手が入ってる可能性がある。外にネットワークが残っている。還写館という殻が割れたところで、思想や技術は地下へ回ったってことね」

「そうだ」力は端末の画面をこすった。「このシリアルナンバーのいくつかは、以前に別の港町で出荷記録が上がっている。だが、最終受領者は不明。しかも、フィルムのエッジに付けられている刻印が、ここにある未焼きフィルムのそれと一致するんだ。――焦げ紋が付けられていた」

こたろうは黙って、缶の並ぶ棚の方を見た。そこに置いてあるひとつの缶は、前夜の振動を覚えているかのように、微かに光を含んでいる。昴は自然とその缶へ手を伸ばしたが、春子の手が先に出て、彼の手首を軽く掴んだ。彼女の触れ方は温かく、しかし距離を与えるものだった。

「まだ開けないで」春子は小さな声で言った。「ここは保存庫よ。中身を取り扱うなら、全員の合意が必要。法的にも、倫理的にも。あれがもし改変されたものなら、一人で触るな。何より、今はあなた自身の代償の計測ができない。使って結果を測れないまま開けるのは愚策よ」

昴は頷いた。言葉に詰まりはしなかったが、頭の中の風景が欠けているのを感じた。母の手が触れた夕景、という断片はまだ胸にあったが、その色合いが少しずつ薄れている。顔の輪郭が曖昧で、声の高さを思い出せなかった。それでも彼は、自らの手で守るべきものを知っているつもりだった。

「で、僕たちはどう動く?」こたろうが訊いた。彼の声は子供のようにか細いが、決意はある。「資料が抜けてるなら、その行き先を追うのが筋だ。力、あんたのネットワークでどこまで辿れる?」

力は資料を机に広げ、ひとつの地図を指さした。港や貨物中継地点が赤い線で結ばれている。その線の先には、もう一つの港町の名前があった。高辻から北へと伸びる、しみだらけのライン。そこは人口も少なく、古い倉庫が多い土地だ。

「ここだ」力は短く言った。「受領記録の最後の足跡がここで切れる。だが、面白いことに、現地の自治体からは『特に異常はなし』と正式に報告が上がっている。つまり誰かが公の記録をねじ曲げた。職員の端末ログを調べれば線が見えるはずだ。俺、夜に入って調べる。だが――」

言葉が詰まる。力は目を伏せ、やがて顔を上げた。「出張には昴が来なくていい。今の君は映写に頼らずにここを守る役割の方が重要だ。ここに残るべきだ、って――俺が言えることじゃないけど」

言われた瞬間、胸に小さな痛みが走った。昴はそれを隠しきれず、唇を引き結んだ。自分に残されたものは、もはや光を投げることだけではないということは理解していたが、手放すのは簡単なことではなかった。彼はもう何度も、スクリーンの前で決断をしてきた。だが今回は、力任せにできない。代償を見積もれないからだ。もし失敗したら、誰の顔が消えるのか――それが計り知れず怖い。

「わかった」昴は静かに言った。「ここを守るよ。春子、記録の体系化、よろしく。こたろう、倉庫の監督。力、気をつけて。外に出るなら、必ず連絡を。戻ってくるまで犬を預かる」

白い犬がその言葉を聞いて、短く鼻を鳴らした。こたろうが笑ったように見えた。空気が少しだけ和らぐ。

だが、その夕方、映写室の電話が鳴った。春子が受話器を取ると、相手は近所の喫茶店の奥さんだった。声は震えている。

「写真が、また消えかけてるんです。店のアルバム、名前の書いたページが白くなって……子どもが見て泣いちゃって。どうしたらいいか分からなくて」

春子は即座に答えた。「わかりました。すぐに行きます。昴さんも来てください。映写は使わずにまずは記録を取ります。語りを集めて、紙で残しましょう。映写は最後の手段です」

昴は立ち上がり、コートを手に取った。胸の奥に小さな焦りが走る。人々の記憶が失われる速度は未だ予測できない。だが、彼はこれまでのやり方に縛られているわけではない。語りを集め、口承を繋ぐという春子の案は、彼の中で静かに育っていた。フィルムでしか回復できないと思い込んでいた自分が、実は違う道を持っていることに気づき始めていた。

店先のアルバムは、本当に白くなりかけていた。古い写真の輪郭だけが残り、顔の影は欠けている。幼い客がアルバムを開いては、どの顔が誰なのか尋ねる。住民たちは互いに口々に説明を始めた。山車のこと、夜祭りの食べ物の匂い、昔の看板の色――細かい語りを紡ぐ声が、白い空白を埋めていく。昴はそれを聞きながら、言葉を録音し、紙に書き留める。撮影もしなければ映写もしない。言葉による記憶の再編だ。

夜、倉庫へ戻ると、力からのメッセージが届いていた。短い報告に、ひとつの添付写真があった。北の港の倉庫の壁面に、焦げ紋がスプレーで描かれている。暗い写真の