月面ボウリングの挑戦者

月面ボウリングの挑戦者 第3話「第2章」

歓声はまだ耳に残っていた。メディアのライトが乾いた熱を投げかけ、ドームの空気は興奮と汗と油の匂いが混じり合っている。潮はその中心に立ちながら、拍手の波を外側から眺めているような感覚にとらわれていた。胸の鼓動は平常を超え、だが目の前の数字だけは冷たく正確に光っている。

歓声はまだ耳に残っていた。メディアのライトが乾いた熱を投げかけ、ドームの空気は興奮と汗と油の匂いが混じり合っている。潮はその中心に立ちながら、拍手の波を外側から眺めているような感覚にとらわれていた。胸の鼓動は平常を超え、だが目の前の数字だけは冷たく正確に光っている。

「評価点: 92.4 → 95.1(技能貢献+2.7)」
「抽選当選確率(加重): 0.037% → 0.021%」

表示は赤い文字で瞬き、観衆の歓喜をどこか無情な秤に乗せた。誰かが拍手を送るたびに、潮の心には重りが一つずつ据えられていくように思えた。

「おめでとう、守り手さん」顔見知りの建築班員が、乾いた笑顔でビールカンを差し出す。潮は礼だけを返し、ただ黙って受け取る。握力が弱まっているわけではない。だが耳の奥で、先ほどの投球が残した軌道の遅れが蠢いている。視界のグリッドの縞がほんの少し滲み、地面のラインが波打つ。内耳の結晶が引きずられるような、慣れた痛みだ。

その夜、ミナト・ドックの中心街は普段より人が多かった。報道が人を呼び、勝利を見た者が勝利の影響を噂話に変える。通りのネオンはレトロな広告をリピートし、古い歌の断片が路地のスピーカーから流れている。潮はミサトに促され、界隈の小さな食堂へ入った。そこは子ども連れの住民や夜勤明けの技術者が集まる、古い鉄板焼きの匂いがする場所だ。

「潮、来い。座れ」ミサトはいつもの調子で彼の腕を引き、混雑の一角を確保する。彼女の眼は疲れていたが、深い安堵も混じっていた。ミサトは保守班員として日々を戦っている。彼女にとって、潮は幼馴染であり、守る対象の象徴でもある。だがその視線の奥には、複雑な計算の皺が刻まれていた。

「おめでとうって言っていいのかな」隣に座った年配の女性が、細い皺に笑みを作る。だが女性の手は潮の評価表示が示す小さな文字を思い出すたびに、ぐっと指の力を入れた。子どもの席からは無邪気な歓声が聞こえる。だがカウンターの端では、若い家族が低い声で話し合っている。抽選で地球に帰る、それが遠のくことへの恐れは、幸福を素朴に割ってしまう。

「あなたがいるから助かったんだよ、本当に」感謝の言葉は直接的で、潮はそれを飲み込みながら、ふと別の声が耳に入るのを無視できなかった。

「なんであいつばっかり……」若い男の声が、温かい歓談の端で漏れた。言葉には怒りもやっかみも混ざっている。潮は目を伏せ、その言葉が胸の中で波紋を広げるのを感じた。

翌日の歓迎会は、公的な意味を持って用意されたものだった。統括局のロゴが入った垂れ幕。局の担当者が壇上でマイクを握り、潮に「住民向け技能クリニックを」と依頼したと発表する。公の場でのアピールは、彼の評価をさらに押し上げる。ミサトは宴席の端で眉を寄せる。

「また見せるのか」彼女は小声で言った。潮は肩をすくめる。「しょうがないだろ。迷惑はかけまい」

だが能力には条件があった。低重力環境でしか安定動作せず、専用の重力コア内蔵ボール、つまりグラビティボールが必須だ。視覚化装置、軌道グリッドを通じてのみ正確な制御が可能だと、潮はいつも口にしている。禁止事項も同様に厳しい。人の生体重力を直接操作することは法律で禁じられているし、ボールを使って自分を加速し、脱出するなど物理的に不可能だ。今日は子どもたち相手の簡易クリニックだが、その制約を破る余地はない。

会場のアリーナは、簡易の観衆席と二つ並んだレーンが作られ、トモノが管理端末の調整をしている。旧式の管理AIは、まだどこか人間の舌先を持っていて、小さなジョークを返すことがある。観衆の子どもたちは目を輝かせ、グラビティボールの光るコアに指を触れたがる。潮はそれを制して、まずは安全の説明から始めた。

「低重力の中でボールはこういう風に動く。ここを狙うと、軌道がこう変わる」軌道グリッドが視界に重なり、滲みかけた縞を抑えながら彼は説明を続ける。展示用の小さな装置で、重力のベクトルの簡単なデモを見せる。入江は脇で器具を操作し、ログを取りつつ、潮の実況をデータ化する。観衆は拍手する。だが潮の体は微かに揺れていた。耳鳴りが常に底で鳴っている。立ち上がる時に世界がゆっくり傾き、手元のボールの重さが一瞬分からなくなる。

子どもを相手にした簡単な投球の実演で、潮は自衛的に制御の幅を狭めた。軌道グリッドの閾値を下げ、投球速度を抑えた。それでも、ボールにかける回転の微調整は必要だ。潮が指先でコアへ優しく触れ、古い指の感覚で回転を与えると、ボールはふわりと浮き、予想軌道をゆっくり滑った。子どもらの歓声がまた上がる。潮はその歓声に一瞬、救われる。

だがその使用の代償は確かに現れた。実演が終わり、子どもたちが列を作ってサインを求める中、潮は視界が二重になるのを感じ、壁に手をついて倒れこむように息を吐いた。ミサトがすかさず駆け寄り、腕を取って彼を座らせる。表情は怒りにも似た心配で硬直している。

「潮、もうやめて」ミサトの声は低く、だが確固としていた。彼女は子どもの列をさばきつつ、統括局の職員に目配せを送る。職員はにこやかに見えたが、その視線はすぐに評価の数字を念頭に戻している。能力の実演は、観衆への説得力となり、評価点の再調整を招く材料になる、と計算しているのだ。

入江は潮のそばに膝をつき、整備端末のログをひとつひとつ開いていった。彼はいつだって道具に対して過度な愛着を示す。手元のスクリーンに表示されたのは、潮の投球のプロファイルだ。速度、回転数、コアの出力曲線、視覚化グリッドに対する修正のタイムスタンプ。入江は眉を寄せ、指を震わせるようにスクロールしていった。

「ねえ、これ見てくれ」入江が小声で言う。その顔には、発見を知らせる時に浮かぶ子どものような興奮と、技術者としての冷やかな不安が混ざっていた。スクリーンに映るのは、古いバージョンの署名だ。古い設計図や試作品に刻まれていることがある、製作者の符号。そこには見覚えのある図形がわずかに残っている。

「こんなところに、署名らしきものが眠ってるなんて」入江は手を伸ばして潮の袖をつかむ。彼の瞳は暗がりの中で光る。潮の胸は、さっきよりさらに締め付けられる。祖父の工具箱のラベル、子どものころに見せられた古い映像の一瞬、その模様――それらが頭の中で断片的に結びつく。

「何かな、それは」潮は声を絞り出す。言葉の端に、疲労が混ざっている。入江は画面を拡大し、年代を追った走査を行う。

「製造管理の古い署名。初期供給ラインの記号かもしれない。今の公表された図面には出ないはずの…しかし、ここにある。どうしてこんなタイミングで現れるんだ?」

入江の指が、過去のログと現行のログの間を行き来すると、その差分に微かなノイズが見えた。トモノが先日の試合で検出したという「微小ノイズ」の時間帯と、潮の投球データの不整合が一致する。入江は額に手を当て、小さくため息をついた。

「おい、これって…」黒沢が背後から口を挟む。彼は勝負師の顔をしていて、先ほどの歓喜の余韻をまだ引きずっている。だがその視線は潮の評価点へ、そして入江の画面へと向かう。黒沢の眉に、競争者としての火が灯る。

「何が出た?」黒沢は挑