銀河ラジオの少年

銀河ラジオの少年 第11話「第10章」

ロウの長い影が崖の縁を切り取り、星の冷たい光が彼らの肩を薄く撫でた。夜鳴局を離れてから幾つもの小径を抜け、鉄錆と炭煙の匂いが混じる地帯へ入ると、縫切の前線キャンプは想像よりもずっと粗末で、しかし組織的だった。低く組んだキャンバスの屋根、寄せ集めの金属パネル、風になびく鳶(とび)色の旗に描かれた簡略化された印章——それらは過去の断片を拵えた者たちの生々しい痕跡だった。

ロウの長い影が崖の縁を切り取り、星の冷たい光が彼らの肩を薄く撫でた。夜鳴局を離れてから幾つもの小径を抜け、鉄錆と炭煙の匂いが混じる地帯へ入ると、縫切の前線キャンプは想像よりもずっと粗末で、しかし組織的だった。低く組んだキャンバスの屋根、寄せ集めの金属パネル、風になびく鳶(とび)色の旗に描かれた簡略化された印章——それらは過去の断片を拵えた者たちの生々しい痕跡だった。

透は背中に手を当てて、局から持ってきた小さな懐中電灯を押し込んだ。結はまだ腕を押さえ、ロウは数歩先まで匍匐(ほふく)で進んで、周囲を警戒する。律子は夜の帳の中で古文書を胸に抱え、ミミのセンサーパルスが彼女の足元で小さく点滅した。ミミは出発直前に局の精密機器の一部をコピーしてペーストした小さなデータカードを抱えてきていた。ロボの黒い眼孔が少しだけ瞬く。沈黙の中に、透の足取りだけが音を立てる。

「ここが前線か……」透は小声で呟いた。ロウは肩越しにちらりと笑った。「前線ってほどのもんじゃねぇ。もっと悲哀に満ちた工事現場よ。だが奴らは仕事の腕は確かだ。知恵と鉄と火でなんとかする。問題は信念だ」

キャンプの中核は比較的広い空き地で、焚き火が幾つか灯され、兵士ではない者たちが毛布を膝にかけ、尖った椅子に座っていた。燃え残った葉書の束が雑然と積まれ、その上に青い染みのある葉書が少数、額縁のように飾られているのが見えた。透はその青い斑点に心臓を掴まれたように立ち止まる。たしかに、あの染みだ。夜鳴局で見たものと同じ、淡く滲んだ藍色の跡。ロウの言葉が耳元に戻る。「証票ってやつだ。奴らがそれを持ってるというのは、我々にとっては話の切り口になる」

彼らが接近すると、警備の若い男が立ち上がった。腕に巻いた布の端に小さな芒(のぎ)が縫い付けられている。男は目を細め、透たちを見下ろした。だが目は敵意より警戒に近く、透はその目に疲労と諦観の色を見た。

「来客だ」ロウが言った。声は低いが、ここでは力を持つ。男はため息をついて、焚き火の先の一張りの大きなテントを指差す。テントの入口には重い帆布が垂れ、内側から微かな灯りと複数の声が漏れている。ロウは肩をすくめ、透に小さく合図を送った。「ここからは交渉役だ、透。言葉で勝負しろ。放送はできねえ。そもそも午前二時に局でやるもんだ。覚えとけ」

透はそれを苦い笑いで受け止めた。能力の条件——深夜放送で、葉書を読み上げること。今、ここで葉書を手にしても、彼は縫を引けない。禁止——過去を再照射する以外のことは叶わない。代償——また一つの個人的記憶を引き換えにする。彼はそれを胸の端に固くしまい、台詞を整理した。彼には声しかなく、言葉しかなかった。

テントの内側は思ったより広かった。中心には円卓があり、その周りに数人が静かに座していた。透たちが入ると、室内の会話は即座に静まる。円卓の向こうに腰を下ろしたのは、中年の女性だった。灰色の髪を後ろでざっくりまとめ、眼鏡の縁から覗く瞳は鋭かった。彼女はゆっくりと立ち上がり、透の顔をじっと見た。

「来たのね、夜鳴の者。ロウの顔で分かったわ」その声には意外な温度があった。律子は資料を手に前へ出て、挨拶をする。だがその女性の手には、確かに古い葉書が一枚、無造作に握られていた。青い染みが静かに滲んでいる。透は思わず息を呑む。

「私は縫主の阿弥(あみ)よ」女性は名乗った。「我々はこれを浄化だと呼ぶ。消えるべきものを消し、残るべきものを残す。だがあなたたちは違う見方をする。だから話がしたいと言った。ロウ、よく連れてきた。あなたが言う保存の理屈を、この目で見せてくれるかしら」

阿弥の背後には、年長の兵士や若い工作員が控え、誰もが穏やかではない緊張を纏っていた。だがテーブルの上に乗せられた葉書群は、透にとっては見慣れたものだった。燃やされた痕跡の隣に、保存されている青染みの葉書がある。それはまるで遺体の骨のように尊ばれている。阿弥は無造作に透へ向けて一枚の葉書を差し出した。差出人の欄は擦り切れ、文面は短い。「海岸で拾った貝」「お母さんの手のひら」——それだけが書かれている。だが文の端に、薄い藍の斑点が確かに広がっていた。

「これが何だ?」透は尋ねた。言葉は素朴だが、持たざる者の問いは時に鋭い。「どうして、こんなに大事に——」

阿弥はゆっくりと笑い、うるんだ瞳を見せた。「あなたたちには『保存』が宗教みたいに映るのね。でも私たちの言葉で言えば、それは選別。『残す』ことと『消す』ことは同義なの。星々が密度を上げすぎれば、資源は枯渇し、記憶は薄れる。何もかもが延々と続くことはない。破壊と創造は同じ手の内にある。私たちは、均衡を取り戻すだけだ」

律子が顔を強張らせる。彼女は古文書の切れ端を差し出し、丁寧に説明する。「あなた方が掲げる精査の言葉——古い言語で『浄化』にあたる単語の根拠は、元々は『試練』や『選別』ではなく、『余剰を整理して持続させる』ことでした。『縫い』の語は物を切り分けて廃棄することを意味しません。記憶を織り込み、次世代に渡すことを意味した文脈があった」

阿弥は律子の言葉を斜めに聴き、壁にもたれかかった。「律子さん、あなたは学者よね。文字は生き物だ。人は都合良く解釈を変える。あなた方は彼らの言葉を守るために闘う。私たちは生き残るために闘う。どちらも正当だと認めるかしら」

透は胸の奥で、前世の断片がさざ波のように顔を出すのを感じた。木製のテーブル、針先の光、繕いし手。だがここでそれを口にしてしまえば、彼は自分の前世の言葉を借りて相手を動かそうとすることになる。それは、いま自分が避けねばならない誘惑でもあった。放送で葉書を読み上げるという条件を満たさずに、人の心を動かすために「古い言葉」を使うことは、未来の改竄ではないにせよ、倫理の境界を曖昧にする。透はそれを深く理解していた。

それでも彼は自分の中に残る、母の消えた記憶の縁(へり)を掴んだ。失ったものが何かを示すことは、ここで彼らが何を守ろうとしているのかを示すだろう。だから透は、ありのままの自分の声で語った。

「僕たちが守りたいのは、数字や効率じゃない。個人の名前、手のひらの熱、家の匂い、それらが星の存在に繋がっているってことを、僕は知ったんだ。消すべきだと決めるのは簡単だ。残すべきかどうかを量る人間の肌は、冷たくなりがちだ。でも、消されたら、その星は二度と帰らない」

阿弥は目を細め、透の顔を測るように見た。「君は——自分の代償を承知で来たのね。多くの者が君のように自分を差し出すとしたら、私たちは……それでも『選別』を続けるべきだと?」

透はうなずいた。彼の胸の中にぽっかり空いた穴はまだ疼いている。母のセーターの起毛の温度はもう戻らない。しかしその代わりに、彼は夜鳴局で聞いた数々の声、文字、匂いを思い出していた。それらは彼の中で寄り集まり、言葉となった。「僕が、君たちを説得するつもりはない。前世の言葉で操るつもりもない。けれど、物語は人の手で閉じられるものじゃない。君たちが焼いた葉書の山の中にも、誰かの笑顔がある。君がそれを認めるかどうかが、問題なんだ」

長い沈黙が流れ、誰かが薪をはじく音だけが広がった。すると