舞台義肢の造形士 第8話「第7章」
代わり映えのしない会議室の隣の大広間は、朝の光を浴びて冷たく息を吐いていた。壇上に並んだ長机の向こう側には、帝都舞台連盟の徽章が彫られた木製のパネルが一列に並び、その前には記者のカメラが林立している。外套やスーツに包まれた群衆のざわめきが、灯里市の午前をぎゅうと押し潰していた。
代わり映えのしない会議室の隣の大広間は、朝の光を浴びて冷たく息を吐いていた。壇上に並んだ長机の向こう側には、帝都舞台連盟の徽章が彫られた木製のパネルが一列に並び、その前には記者のカメラが林立している。外套やスーツに包まれた群衆のざわめきが、灯里市の午前をぎゅうと押し潰していた。
結は舞形石をレザーの袋に入れ、胸元で指先がその小さな亀裂の線を辿るのを感じた。指先の冷えた感触。あの線は、この数週間で自分たちを守りも破りもした象徴であり、同時に制度の中に組み込むべき「余白」だった。芽衣の震えが胸の奥で影を落とす。彼女が告げた「私、やる」という言葉は、今、ここで形を与えられねばならない。
「白羽結さん、準備はいいですか」迅の低い声が耳元で震えた。彼の肩にはいつもの冷静さが張り付いている。笹原はタブレットを操作し、提示資料の最終版を確認している。二人の顔には緊張と期待が混ざっていた。
壇上からの呼び出しに従って、結は立ち上がった。歩幅はいつもより小さく感じられた。観客席のフラッシュが一斉に光を放ち、カメラの薄い音が耳朶を刻む。壇上のマイクは結の言葉を吸い上げ、どこまでも冷静に還してくるようだった。
「本日は、舞形工房より白羽結が、写取り技術に関する現状報告と、我々が提案する運用基準について説明いたします」結は座らされる前に一度だけ視線を回し、芽衣のいる列に目を落とした。芽衣は顔を上げて、僅かな笑みを返した。そこにあるのは信頼と不安の混ざった静けさだった。
結は資料を開き、ゆっくりと言葉を紡いだ。「写取りは、造形士と装着者が共感周期を共有し、舞形石を介して運動パターンを記録・補助する技術です。その本質は再現であり、意思の書き換えではありません。必要条件として、装着者の明確な同意と、共感周期の確保が前提です。禁止事項は明確です。本人の同意なき写取りは行わない。写取りは意思の変容を目的としない。代償についても誠実に報告します。短期・適度な使用は表現の補強になりますが、反復・長時間の装着は身体記憶を外部化し、剥離症候を引き起こすリスクがあります」
会場には一瞬の静寂が流れた。誰かがページをめくる音だけが聴こえる。光譜の渉外担当は頭を傾げ、隣で立っている光譜の広報はメモ帳に何かを走らせている。壇上では帝都舞台連盟の長老が手を組み、眉を寄せた。
結は深く息をつき、次の段を続けた。「我々は、写取りを守るための三原則を提案します。第一に、同意と記録の徹底。口頭ではなく、実装された同意プロトコルを用い、ログを第三者機関に保管すること。第二に、共感周期の上限設定。過剰な共感は装着者と造形士双方に不可逆的な残響を残すため、試験的に一回あたり三十分、連続使用は十二時間を超えないことを推奨します。第三に、舞形石の扱いに関する規格化。舞形石の微細な亀裂は『余白』として設計的に用いることで、完全複製を避け、装着者の主体を残す安全弁となり得ます。これらは表現を一定程度制限しますが、身体の尊厳を守るための最低限です」
壇内の一部から賛意の小さなうなずきが起きる。だが、すぐに反論の声が階段の向こうから飛んできた。鈴谷業だった。彼は黒い和服をきちんと身に纏い、複数の古い写真を携えて壇に上がる。会場の空気が一段と重くなる。鈴谷の瞳は、かつての師匠のような厳しさと、文献研究者としての冷徹さを併せ持っていた。
「白羽結君。若いのはよい。だが、この『余白』だの『共感周期』だのという言葉で、本当にこの技術を守れるのかね。規制は技術を停滞させ、芸術を殺す。更に言えば、君の手の動きは未熟だ。安全だと信じているからといって、未検証の設計を公共に晒すのは無責任だ。私の経験では、写取りが歪むのは技術の欠如ではなく、適切な制御の欠如だ。規制で封じるか、我々に一任するか、どちらかが正しい」鈴谷の声は冷たく、しかし会場の一部には頷く者もいた。彼の発言は、技術は継承者に託すべきだという古い論法に根差していた。
光譜の代表はそれを受けて笑みを浮かべる。「鈴谷先生の言うとおりです。規制は産業の発展を阻害します。我々は写取りの大量化を通じて舞台文化を広めたい。市場は表現の門戸を広げる。白羽さん、あなたの提案は保守的に過ぎる。共感周期三十分は非現実的で、舞台の臨場を削ぐでしょう。実際に利用者はもっと長時間を望む」
その言葉に、芽衣の掌が僅かに震えた。結はその細かな痙攣を見逃さなかった。芽衣の身体が、言葉の刃に反応している。結はいったん黙し、呼吸を整えた。言葉の先端に乗せるのは、技術的正確さだけではない。ここで守らねばならないのは、人の身体の尊厳だ。
「私たちは芸術の拡張を否定しているわけではありません」結の声は、最初よりも強く、だが温度を落とした。「ただ、拡張が誰かの主体の消失を伴うのであれば、それは芸術ではなく搾取です。共感周期の上限は、芸術的表現の幅を狭めるかもしれない。しかし、それが守られなければ、長期的に見て表現そのものが失われます。『表現の自由』という言葉は、他者の身体を犠牲にしては成り立ちません。舞形石の亀裂を『欠陥』と片付けるのは容易い。しかし、我々はそれを『余白』として用いることで、装着者が自分の動きを回収できる余地を残す。これは単なる工学的妥協ではなく、倫理的設計です」
会場から拍手が上がる一方で、鋭い質問が飛んだ。連盟の一人が証言台に近づき、データを示しながら尋ねる。「では、具体的にその三十分の根拠は何か? データが示すところでは、表現者の多くはそれ以上の周期を必要とするという報告もある。妥協としては不十分なのではないか」
笹原が壇上のタブレットを差し出す。彼が用意したのは、実験データ、芽衣のリハビリログ、そして潜在的な副作用に関する臨床観察の一覧だった。数字は冷たく、しかし説明力を伴っていた。笹原は低い声で説明する。「三十分という数字は、装着者の短期的表現を維持しつつ、脳と筋肉のプロプリオセプションが外部記録へ過度に寄りかからない安全域として我々が試算した結果です。これ以上になると、剥離の発症確率が指数関数的に上がります。さらに、舞形石の振幅を低めに設定することで、写取りの『完全性』を敢えて落とす。誤差は出ますが、それが主体性の残存を生むのです」
賛否は分かれ、議論は熱を帯びた。光譜側はこれを「芸術の萎縮」と断じ、鈴谷は「管理すべきだが手に負えない」と断定的に批判する。連盟の中でも意見は割れていた。ある者は規制強化を求め、別の者は産業の自由を説いた。
結は壇上で冷静を保ち続けたが、胸の内部では記憶がざわめいていた。白羽連の舞台に関する夢の断片。遠い観客の拍手が、彼女の手の動きに立体的な影を落としているイメージ。伝承という言葉が、ここでは道具ともなりうる。伝承は美談になり得るが、誤解されると技術の正当化に用いられてしまう――それが結の懸念だった。白羽連の逸話は、写取りが文化記憶として機能してきた可能性を示すが、同時にそれが人の犠牲の上に成り立っている可能性もある。
公聴会は数時間に及び、報告書の提出と質疑応答が続いた。結は終始、事実と倫理を並べた。しかし壇上を下りると、外ではメディアが群がり、光譜の広報は記者に向かっ