舞台義肢の造形士

舞台義肢の造形士 第7話「第6章」

封筒の紙は、思ったよりも薄くて、指先に冷たかった。帝都舞台連盟の深い紋章――鋭く刻まれた印章が封緘に食い込んでいる。結は封を切る前に、仲間たちの顔を一度見渡した。笹原は眼鏡の奥で不安そうに指を組み、迅は無言で手帳を閉じている。芽衣は椅子に腰掛け、声だけを震わせずに出そうとしていた。

封筒の紙は、思ったよりも薄くて、指先に冷たかった。帝都舞台連盟の深い紋章――鋭く刻まれた印章が封緘に食い込んでいる。結は封を切る前に、仲間たちの顔を一度見渡した。笹原は眼鏡の奥で不安そうに指を組み、迅は無言で手帳を閉じている。芽衣は椅子に腰掛け、声だけを震わせずに出そうとしていた。

「調査の必要性は認める――しかし、暫定的措置として舞形工房の全業務を停止せよ」──文面は簡潔だった。停止の理由は「映肢使用に起因する健康被害の疑いおよび倫理基準に関する即時調査」。期限は短く、さらに連盟代表の監査官が直ちに舞形工房に来訪するという一文で締められていた。

静けさが落ちた。工房の時計が一秒、二秒と針を進めるたび、結の胸の中で仕事の歯車が軋んだ。停止命令は、舞形工房を物理的に閉めるだけではなく、若手表現者たちの仕事場を奪う可能性がある。だが、連盟の文句が真実であれば、これは避けられない対応でもある。

「連盟が調査というのは、……やるしかないね」結が言った。声は低いが確信を含んでいた。「ただし、私たちからもデータを出す。透明性を持って対処するために、公的な独立調査チームを結成する。これは庇いでも言い訳でもない。芽衣を含め、関係者全員の同意のもとで行う」

笹原がすぐに反応した。「同意の記録はあるけど、現場での使用ログや共感周期のデータは全て未整理だ。光譜がそれを使って情報戦を始める前に、こちらから出してしまおう。だが注意してくれ。ログを出すということは、私たちの技術的瑕疵も世に晒すということだ」

迅は粘るように唇を噛んだ。「法的にはリスクが高い。停止命令に従わなかったとしても、訴訟や損害賠償の可能性が跳ね上がる。だが、黙っていると光譜に〝隠蔽〟をでっち上げられる。どのみち正面から行くしかないと思う」

芽衣は手の甲で目を隠していた。細い指の間からこちらを見上げる。その目の奥は、疲労と恐怖と──それでも薄い決意で満ちていた。

「私、隠したくない。分からないことは調べる。私の体で何が起きたのか、ちゃんと見てほしい。怖いけど、逃げたくない」芽衣の声は弱いが確固としている。結はその言葉を聞いて、こみ上げるものを抑えながら頷いた。

だが、停止命令が来る以前に、火種は既に外へ飛び散っていた。午後の稽古場での小さな出来事が、翌朝には街中のスクリーンに拡散していたのだ。

その日、芽衣は実験用の短い即興を小さなカメラの前で動かしていた。連盟の監査と光譜のリークに備え、工房は記録映像を積み重ねていた。市川瞳の小品のリハーサルに使うための動きを確認し、芽衣は再現精度のチェックをしていた。舞形石を装着し、共感周期を計測器でモニタリングしつつ、彼女はいつものように身体を沈め、腕を振り、足先で小さな拍を取った。

そこから起きたのは、最初はほんの微かな違和感だった。芽衣の右肩が一瞬離れ、首筋に小さな痙攣が走る。本人もそれを一瞬戸惑ったように見せた。しかし、次の瞬間にはその場の空気が硬直した。芽衣の足が止まり、表情が締まる。彼女の動きは断続的になり、続けていたリズムを保てなくなった。手が空中でこわばり、次に小さな痙攣性の震えが肩から腕、指先へと伝播していった。

笹原が機器のログを見て叫んだ。「共感周期の同期が外れた! 位相差が瞬間的に跳ね上がってる。振幅が過負荷になって、制御系がオーバーシュートしてる!」

結が咄嗟に手を伸ばし、芽衣の肩を支えた。だが写取りの規則が結の脳裡に瞬時に蘇る。装着者の明確な同意なしに、その共感状態を変調してはいけない――倫理条項だ。芽衣は同意してここにいる。だが共感周期が暴走する状況下で、介入は慎重でなければならない。結は深呼吸をして、落ち着いた声で芽衣に促した。

「芽衣、目を閉じて。呼吸を数えて。私はここにいる。意志は私から奪わない。あなたの意思を戻して」

芽衣は震える声で「わかった」と返したが、痙攣は止まらない。指先の震えは徐々に大きくなり、最後には身体全体に波及した。撮影していた助っ人のスマートデバイスがそれを捉え、稽古場の何人かがスマートフォンでその断片を共有した。数時間後には、映像は編集されてニュースのトップに差し込まれ、見出しは躍った――「新興義肢で女優が舞台中に発作」──短く、鋭利な断罪を含んで。

街路のスクリーンで再生されたその場面は、冷たい光のフラッシュになって人々の目を留めた。瞬間のクローズアップ、芽衣の震える手、結の叫び声のような呼びかけ、そして工房のロゴが背景に残る。コメントは瞬時に増え、擁護と非難が交差した。光譜は自社の専門家コメントを即座に配信した。「技術は安全だ。個別の事例に過ぎない。正しい運用がなされれば依存は防げる」と。だが同時に、保守派の連盟理事たちは「即時停止」の署名を入れ始め、翌朝には舞形工房宛の通告が届くに至ったのだ。

結はニュースを見ながら、自分の手が微かに震えるのを感じた。写取りを行ったのは結自身ではなかった。芽衣が長時間装着テストに参加していた夜と日々の積み重ねが、今回の発作の背景にある。しかし――その因果を一つのボタンに押し付けることはできない。共感周期の時間、装着時間の累積、その同期精度、舞形石の微細な亀裂、そして被写体個人の回復力。すべてが複合して現れる――それが剥離症候(はくりしょうこう)であり、単一の責任には落とし込めない現象なのだ。

「公的な検査を要求すると同時に、うちからも独立したデータを出す」結の声は震えながらも揺らがなかった。「私たちは逃げない。だが、透明性を持って対処する。共感周期のログ、装着時間、被験者の自己申告、全てを出す。さらに、写取りの使用制限を自ら公表する。短期・限定的な利用だけに限定して、長時間連続の装着は禁止する。ログの保存と任意の第三者による監査も入れる」

笹原は手早くノートを操作し、必要なデータセットの項目名を並べた。「舞形石の振幅、位相差、振動スペクトル、被写体の自律神経反応。あと、過去二年間の全使用記録。芽衣の今回のセッションの生波形はここだ。これを解析して、同期誤差の因子を切り分ける」

迅は冷徹に計算を始める。「法的リスクは後で対処する。今は〝事実〟を出す。光譜がどう反応するか分からないが、世論が見ている。説明責任を果たさないほうが危険だ」

結は芽衣に近づき、そっと額に手を当てた。芽衣は目を閉じて小さく吐息をし、指先の震えはまだ微かに残っている。結には分かる。これは一度で完全に解決できる問題ではない。剥離症候の因果は個体差が大きく、何が決定的な要因かを単純に断定する材料はない。だが、今公開しなければ、人々の恐怖だけが情報の空白を埋め、光譜や保守派がそれを利用するだろう。

「私、やる」芽衣が小さく言った。「何を出すか、どこまで出すか、全部あなたの判断に任せる。だけど、お願い――私の名前を利用して金儲けに走らないで。私の体は稼ぎ物じゃない」

結は強く頷いた。「約束する。あなたの名前を商品にはしない。これをどう扱うかは私が責任を取る」

外部への公表は、工房の小さな会議室で行われた。結は記者たちの前に資料を並べ、共感周期の概念、舞形石の働き、写取りの条件と代償を丁寧に説明した。言葉は