夢鉱島のセラピスト 第5話「第四章」
船倉の薄暗がりは、夢の残り香で満ちていた。金属と油の匂いの混ざる現実の狭間に、青白い灯りがじわりと染み出している。床に敷かれた古い帆布が羽根のように震え、わずかな空気の流れがその輪郭を撫でた。レムの視線は、帆布の下で丸くなった人影に釘づけになっていた。少女は眠っているのではない。眠りと現実の縁に座り続ける者の、硬直したような息遣いをしていた。
船倉の薄暗がりは、夢の残り香で満ちていた。金属と油の匂いの混ざる現実の狭間に、青白い灯りがじわりと染み出している。床に敷かれた古い帆布が羽根のように震え、わずかな空気の流れがその輪郭を撫でた。レムの視線は、帆布の下で丸くなった人影に釘づけになっていた。少女は眠っているのではない。眠りと現実の縁に座り続ける者の、硬直したような息遣いをしていた。
首のあたりに、小さなひび割れた結晶が埋まっている。表面は薄紙のように割れていて、そこから淡い脈動が漏れていた。脈動は不規則で、時折小さな声のように波打つ。ミナが窓越しに掌を当てたとき、その振動が船内の金属板を伝い、レムの胸の奥に冷たい響きを残した。
「本当に……ここにいていいのか?」レムは、声に出さず自分に問うた。前世の水城透としての訓練と失敗が、皮が剥がれるように彼の内側に浮かんでは消えた。患者を前にしたときの、あの無力の感覚。急いで答えを与えれば安心は買えても、相手の選択を奪ってしまうということを、彼は苦いほどよく知っている。ここでの対処も同じだ。救いは強制ではない。選ぶ余地を返すことだ。
だが、言葉にしない痛みは暴力を持っている。問いかけるだけで、残夢はひびを広げ、怪物のような形相を露わにする。レムはその危うさを、すでに一度見ていた。だから彼は口を閉じた。ミナの命令がまだ耳に残っている──「名前を聞くな。喋らせるな。傷をえぐるな」。
それでも彼の指先は落ち着かなかった。少年の身体は小刻みに震え、夢という液体の縁を触る感覚に慣れていない。ユノが何かのスイッチを切る金属音がして、外では船の低音が遠ざかる。三人とも緊張で堅くなっていたが、沈黙は守られていた。
帆布の下から、かすかな唸り声が漏れた。少女の口元が一瞬だけ動く。声は言葉にならず、皮膚の裏側から押し出されたような、細い糸のようだった。レムの内耳に響いたのは「怖い」という一語だけだった。それは、聞こうとする者にだけ届く声だった。
彼は息を止めた。ここで力を行使すれば、いつもの癖で核心へ踏み込もうとするだろう。前世の彼が犯したあやまち――答えを急ぎ、相手を導きすぎたこと――が脳裏をよぎる。心理士としての訓練は、黙ることを教えた。だが傾聴と無為の違いも同時に教えた。必要なのは、待つ勇気だ。
レムはゆっくりと膝を折り、帆布の端を掴んだまま、少女の傍らに腰を下ろした。彼の手は震えず、ただ温度を伝えるだけを意図していた。目は閉じなかった。見ることと聞くことは違う。見ることで相手を定義してしまう危険があるのだと、透としての経験が言った。
彼の内部で視界が薄れて、音だけが鮮明になる。傾聴潜航の感覚はいつもそうだった。夢の面に手を伸ばすと――言葉にならない感情たちが、声として戻ってくる。だがここは完全な夢域ではない。サイの残夢は部分的に、現実に結びついている。だから機能は鈍く、代替の痛みを差し出す契約は嵩張る。
「怖い」――再び、同じ単語が浮かんだ。今回は単語の陰に、もっと複雑な匂いが混じる。灯りを見た子供の驚き。鉄の冷たさに触れた瞬間の誤操作。誰かが自分を責める視線を向けることへの恐れ。これらが一塊になって押し寄せる。
レムはそのすべてを、否定しなかった。否定が夢を壊す。否定は「それは違う」と相手の現実を奪う行為だ。代わりに彼は、ただ受け止めた。受け止めるとは、相手の声に「あなたの声だ」とラベルを貼ることだ。レムの心がそれをした瞬間、帆布の下の振動がゆるりと落ち着くのがわかった。少女の姿勢がやや柔らぎ、肩の震えが少しだけ弱くなる。
同時に、胸の奥に刺すような感覚が走った。自分の中の小さな引き出しが一つ、ゆっくりと閉じられる。レムはそれを識別した。記憶が抜けた。前世の母が残してくれた、短い留守番電話の中の、母の声の高低差――彼が最期に大切にした「私的記憶」だ。これは傾聴潜航を使うたびに払う代償の一つである。いつかは全部消えるかもしれない。だが今はまだ、その一部だ。
「……声の高さを、忘れた」レムは微かな驚きを胸に抱えた。母の声はまだそこにあったが、その輪郭がぼやけている。節回しが消え、歌韻の一片が手の中からこぼれ落ちたようだ。痛みはなかった。失われること自体が、痛みより深い無力を残した。
帆布の下で少女がかすかに吐息を漏らす。その吐息がレムの喉元を冷たく撫で、彼は自分の行為が確かに何かを守ったことを知る。だが同時に守ったものは、救いではなく選択の余地そのものだった。彼は前世でたどった誤りを思い出す――患者の苦しみを消すことで、その人の決断を奪ってしまったときの後悔。今は違う。今は相手が自分の苦しみとどう付き合うか、自分で決められるようにすることだ。
少女がゆっくりと目を開けた。瞳は湖の底のように深く、ところどころに灰色の光が差していた。その目に宿るのは、怒りでも被害者意識でもなかった。むしろ、耐え続けてきた疲労だ。サイはじっとそれを見返し、声を絞り出した。
「私は……事故を起こした子よ」
その言葉は宣告ではなく事実の受諾のようだった。自己定位としての発話だ。しかし続く言葉はない。誰がそれを聞いてほしいかわからないように、サイは目を逸らした。レムは真実を求める衝動を押し殺す。核心は、彼女が自ら語る意志を持たない限り触れられない。たとえ目の前に血まみれの現場写真があろうとも、夢の核心は他者には開かれないのだと、転生前の透は学んでいた。
ミナがそっと帆布の端に手を伸ばし、冷たく光る結晶に触れた。彼女の指先はその割れ目をなぞり、ほんの一瞬だけ硬い表情を崩す。サイはその触れ合いに反応し、肩を竦めて震えた。現実の痛みが、残夢の形をぎこちなくさせるのだろう。ユノが起動した計器の小さな緑色のランプが、船倉の壁に冷たい点をいくつも散らした。
「問いかけるな」ミナの声が小さく、しかし確固として響いた。「喋らせるな、掘り返すな。誰かの都合で傷を裂くな。いいか?」
「わかった」レムは答えた。彼の声からは、何かが削ぎ落とされたように聞こえた。母の声の高さを失ったまま、彼は静かに座り、サイの存在を見守った。できることは少なかったが、彼には待つことができた。待つこともまた、行為なのだと自分に言い聞かせる。
そのとき、船の外で鈍い衝撃音がした。金属の切っ先が空気を裂き、遠くで人の声が叫ぶ。機械的な命令調で、消却班の動きを示すコールが走る。ユノが顔を上げ、手際よく計器に触れた。彼の顔に、一瞬、鋭さが差した。
「回収信号が近い。艦外タグが接近体を示してる。索敵機がぐるりと廻った」ユノは言った。言葉は事実を伝えるが、その一音一音に潜む緊張を隠せない。消却班は廃棄夢を確実に焼却する。サイのような残骸がその中にいるなら、躊躇なく炎に投じられるだろう。
レムは立ち上がろうとした。いや、立ち上がらない方がいいのかもしれない。ミナが手を払い、彼の腕を抑えた。「騒ぐな。見つかるな」彼女の瞳は冷たい。操舵士としての習性が出ている。状況を評価し、有効な抵抗を計画する。ミナの一瞥に、レムは従うしかなかった。
ドアの外で断続的に何かが叩かれ、男の低い声が指示を出す。「ここに残留物があるはずだ。改ざんの恐れがあるから全焼