異世界転生星図師の皇帝

異世界転生星図師の皇帝 第14話「第一部幕間」

夜明け直前の風が、図書館の薄暗い風通し口から砂を運んだ。レンは指の先で古びた羊皮紙の縁を押さえ、息を整えた。今、彼がしたいことはただ一つ――証拠を突きつけ、皇帝の制度が何を奪っているのかをはっきりさせることだ。だが空気は冷たく、足元には星砂の匂いを帯びた古い図面が広がっている。妨げは簡単だった。皇宮の警備と、その背後で糸を引く「囲い」の慣習。守る対象は、数日前に助けを求めてきた遊牧民たち。あの老女の震える手の感触と、子どもたちが路上で膝を抱えて眠る姿が、レンの胸を突く。

夜明け直前の風が、図書館の薄暗い風通し口から砂を運んだ。レンは指の先で古びた羊皮紙の縁を押さえ、息を整えた。今、彼がしたいことはただ一つ――証拠を突きつけ、皇帝の制度が何を奪っているのかをはっきりさせることだ。だが空気は冷たく、足元には星砂の匂いを帯びた古い図面が広がっている。妨げは簡単だった。皇宮の警備と、その背後で糸を引く「囲い」の慣習。守る対象は、数日前に助けを求めてきた遊牧民たち。あの老女の震える手の感触と、子どもたちが路上で膝を抱えて眠る姿が、レンの胸を突く。

「ここにある三枚を見てくれ」隣で低い声がした。アミーナだった。彼女は先の夜、砂嵐の中をレンと共に歩き、星図を繋いで大隊を戻らせた遊牧隊の若き女頭領だ。今は肩に巻いた薄手の布を指で弄りながら、古びた箱から一枚の地図を引き出した。紙の上には銀の粉が散らされ、夜に読むための星図が薄く残っていた。だが、それより目を引くのは幾重にも走る線だった。一本は枠取りのように太く、内側を丁寧に囲っている。

レンは目を細め、指先で星砂の残る点を辿った。そこに描かれた星々のひとつが、ひどく薄く見える。触れてみればその点は物理的に消えかかっているわけではない。だが、胸の中にあった小さな景色――子どものときに父が膝に乗せてくれた古い布の縁取り――が、ふわりと薄れていくのを感じた。記憶の端が、塩を舐めたように溶ける。

「またか」レンは低くつぶやいた。舌先で探すと、確かにあの歌の一節が消えている。子守唄のメロディの一部が、音程ごと消し去られていくように、具体的な景色が一つ、音が一つ、言葉が一つと欠けていく。アミーナが顔をしかめた。

「あなたの顔が変わった。どうした?」彼女の声には、怒りでも恐れでもない、実務的な不安が混じっている。遊牧の道には、指導者が感情の揺れで足を止めてはいけない理由がある。レンは首を振り、認めないように喉を鳴らした。

「この地図の中に、囲いの線がある。誰かがここを『固有の領土』だと定めたら、星が薄くなる。星が薄くなると、人々の記憶が薄れる。それは――俺の故郷の、あの小さな浜の記憶と同じ順序で消えているんだ」

アミーナは紙を更に押し広げ、別の一枚を示した。そこには、二重の弧が沿って描かれていた。外側の弧は地平線のように見え、内側の弧は薄い縁取りで限界を示している。二本の線が、まるで海と砂の境界を示すかのように並んでいた。

「これを『二重の地平線』って、昔の航海記が呼んでるらしいわ」図書館の年老いた管理者、バリッドが言った。彼は隣で埃を払いつつ、指先に黒ずんだインクを付けては嫌な顔をしている。バリッドは記録を整理してきた男だ。彼の指の腹が地図のある一点を指したとき、レンの胸に新しい寒さが走った。そこに書かれた日付の横、ぎこちない筆跡で寄せられた註記があった――「制定。記憶層同期」――とだけある。

「記憶層って……?」アミーナが問い返す。バリッドは肩をすぼめた。

「分厚い署名の下で、誰かが土地を囲っている。その時から、その場所に関する個々の記憶が行政記録へと移し替えられる。私が見てきた限りでは、書類になると生身の言葉は薄れていく。理由は不明だが、事実だ」彼の声には逃げ場所のない確信があった。頁の端に貼られた幾つかの古い証言――口語で書かれたものは、ある時期を境に急に短くなる。幼い頃の母の名を問われた老人が、ふいに言葉を失ったという断片もある。レンはそのページを指で擦りながら、はっきりとわかった。これまでの消失は個人的な怪異ではなかった。制度だった。

「それが皇帝のやり方なのか?」アミーナの眼差しは鋭い。レンは答えようとしたが、脳裏に母の手形のように残る断片がまた滑り落ちた。文庫にあった一枚の紙切れ――幼い頃、父と立った砂浜の写真の縁の匂い――が、確かに薄れる。胸の中にぽっかりとした穴が開くのを感じた。

「皇帝の『領土決定』が、物理的な支配だけでなく、人々の記憶をも含めた再編成の手段になっている」レンが息を吐く。言葉にするたび、記憶の欠片が爪先から隙間へと滑り出る感触がする。だが、事実は事実だ。彼は拳を固めた。個人の喪失を超えて、これは公共の暴力だ。

その時、図書館の外から低い談笑が聞こえた。誰かが階段を上がり、石の廊下を踏みしめる。扉が開くと、複数の人影が入ってきた。先頭にいるのは、皇宮の使者のように整った服を着た人物だった。彼は端正な顔で地図を見ると、にやりと笑った。

「おやおや、国の記録を覗きに来たのか。星図は玩具じゃない。織り手には織り手のやり方がある」彼の声は穏やかだが、床に落ちた砂が震えた。レンはその男の胸に彫られた徽章――二重の弧の紋章――が目に入る。胸の鼓動が早くなる。

アミーナが立ち上がって男に向き直る。「私たちはただ、自分たちの道を知りたいだけだ。誰も、他人の土地を奪うつもりはない」

使者は肩をすくめ、古い地図に親指を滑らせた。指が線をなぞった瞬間、図面上の星の点が一瞬だけ震え、次の瞬間、消えているように見えた。それは光の錯覚だと誰もが言いそうになるが、レンの胸は確かに、幼い日の風景を一つ失った。彼は思い出せない。浜に立った日の空の色、そのとき父が履いていた草鞋の音、どれもが輪郭を失った。

「囲う、ということさ」使者は言葉を飾らずに続けた。「秩序は記録される。記録が秩序を呼び、秩序は働きを生む。動かしたくない者を、留めるための措置だ」

レンは立ち上がろうとしたが、膝がふらつく。バリッドが腕を差し出して支えた。レンは口を噤む。怒りと恐怖が混じった熱が顔を駆け上がり、しかしその熱はまた思い出の一部を煮立てて、白い煙のように消していく。記憶の代償は、ただ単に切り落とされるものではなかった。それは連鎖的だ。どこかの線が引かれると、レンの中で一つの景色が薄れ、次いでもう一つが階段を降りて消える。

「証拠はある」とアミーナが声を震わせずに言った。「囲いの有無と、記憶の減退。年代も、署名の者も。誰が、いつ、どのように囲ったかの記録が残っている。国家の書式でだ」

レンは震える手である古い帳簿を引き寄せた。そこには数十年にわたる通達と、その周縁に書かれた簡潔な注が並んでいる。読み進めるうちに、一つの図式が浮かび上がった。囲いが作られた直後、周辺の住民による口述記録は次第に短くなり、幼い者たちの名前の記述が減る。年金の変動、労働配分の変更、税の徴収時期――どれも囲いの設定のタイミングと一致している。レンの胸に、怒りと冷めた悲しみが満ちた。「記憶は、労働力の調整に使われている」

「それが目的なら――」バリッドは唇を噛んだ。「彼らは幾つもの地を囲み、星図を設え、そこを『固定労働地』にする。人は動かない、思い出は減る、管理は容易になる」

レンはふと、夜の砂の上で先に出会った老人の目を思い出した。老人は自分の娘の顔を忘れていた。遊牧民たちの移動の自由が奪われるだけではない。人々が自分の過去を、家族を、土地との結びつきを忘れていく。それは暴力だ。存在そのものを改竄する暴力。

「我々はこれを——」アミーナの手が地図に落ちた。「公にするべきね。誰かが真実を知らなければ、なにも変わらない」

「公にする」と言う