異世界転生星図師の皇帝 第13話「第12章」
夜風が、砂を耳元で擦るように走った。レンは砂丘の縁に腰を下ろし、焚き火の残り火に照らされた顔を見回した。前にいるのは、コーラン族の列――テントを畳み、荷を積み替え、子供を抱き直す人々。彼らの息遣い、荷車の軋み、犬の鼻鳴らしが、夜の静寂を埋める。レンは今、ただ一つのことをしたかった。できるだけ多くの人を、移動する星門の輪郭に飲まれずに新しい夜明けの土地へ導くこと。
夜風が、砂を耳元で擦るように走った。レンは砂丘の縁に腰を下ろし、焚き火の残り火に照らされた顔を見回した。前にいるのは、コーラン族の列――テントを畳み、荷を積み替え、子供を抱き直す人々。彼らの息遣い、荷車の軋み、犬の鼻鳴らしが、夜の静寂を埋める。レンは今、ただ一つのことをしたかった。できるだけ多くの人を、移動する星門の輪郭に飲まれずに新しい夜明けの土地へ導くこと。
「あと二時間。門が例の位置に来る」アーシャが低く告げる。彼女はコーラン族の先導者で、皺だらけの手をレンに差し出した。手首に刻まれた古い傷が、何度も砂を走った証だった。「これを逃せば、三家族は門の中に取り残される。あの子たちも。レン、頼む」
レンは息を吸った。焚き火の灰が鼻に入る。目の前の地図はただの砂に書かれた線だが、実際の星図は頭の中にあった。彼の能力は文字ではなく道行きで働く。仲間が、夜に足で刻んだ道だけが、彼の星図に「安全な帰路」として定着する。口で指図するだけでは意味がなかった。地図を書き換える魔法とは違う。歩くという生の動作が必要で、しかも妥協が許されない。
「夜道を歩くのは皆だ。私一人で線を引くことはできない」レンは言った。声にしないと自分が忘れそうになるからだ。「そして……覚えておいてほしい。誰かの土地を勝手に線で囲ってはいけない。星は消える。僕の、故郷の記憶が薄れる」
言葉にした瞬間、焚き火の残り火が小さく弾けた。空気が冷えた。アーシャの目が一瞬、鋭くなる。足元のミリは顎を噛んだ。年老いたタレクは唇を動かし、重い声で言った。「囲むことの代償を、君は今も覚えているのか。あの時の痛みを」
レンはうなずいた。あの夜――彼がまだこの地の出来事に懐疑的だった夜の記憶の端は、薄く、でも刺のように残っている。家の柵、幼い笑い声、屋根の匂い。それらは、囲いを引いた瞬間に霧のように流れていった。今またその選択肢が目の前にある。
「でも、彼らを見捨てるわけにはいかない」ミリが声を振り絞った。彼女は温かい瞳をし、子供のリムを抱きしめる。「リレーで道を繋げば、門を避けて進めるはずよ。みんなで歩けば、レンの星図は安全と認める」
「長い距離だ」タレクが言った。「一列に歩いても、門の軌道がずれたら意味がない。だが、複数の群れが交互に夜を刻めば――」
レンは地図を見る代わりに、頭の中の星を指で追った。星の円弧は、ここ数週間で徐々にずれていた。消えた北の一つが、いつの間にか欠けている。北極星がそこにないことを彼は違和感として覚えていたが、言葉にはしていなかった。今はそれ以上のことを考える余地はなかった。人の歩みが必要だ。人の選択が必要だ。
「リレーだ」レンは決めた。「二つの隊に分かれて、互いに接続する。夜ごとに二時間、四時間の交代で。僕はその歩いた道を星図に刻む。だが――」胸の奥が締め付けられる、「もし門を閉じるために土地を囲むしかない局面になったら、僕はどうするべきだろうか」
ミリが短く息を吐いた。「囲んだら何が起きるの?」
「その線が誰かの地と重なれば、その重なった星が消える。そして、僕の故郷の記憶が再び霧に飲まれる。消える星は、取り戻せない」レンは言葉を選んだ。「それでも救うべき命が多ければ、僕は――選ぶ。だが、皆の前でそれをする。その代償は僕一人で抱えないと誓う」
アーシャが指を砂に突っ込み、小さな円を描く。砂は冷たくなっていた。周囲の顔に緊張が走る。誰もがその意味を理解していた。囲うことは、土地を奪うことにもなりかねない。彼らは遊牧民であり、土地を囲まれることは足を奪われること、声を奪われることを意味した。
「我々のために失うには、高すぎる」昔、レンによく助言した老人の声がどこかで響いたように、ミリは言った。「我らの中には、安定を望む者もいる。囲まれた方がいいという人もいるかもしれない。私たちはそれを強いることはできない」
議論は続いたが、時間は容赦なく進む。星門の蠢きは砂の上に影を落とし、彼らの影を歪ませる。レンは計画を紙ではなく体で組み立てた。ミリが率いる子供と老女の隊が東の小丘を抜け、タレクの隊が西の窪地を迂回する。二隊は一点で交差し、そこから全員が一晩で渡る。レンはその接続点に立ち、歩行の記録を取る――だが、その接続点に、ひとつの帝国の小さな砦が含まれている可能性があることを彼は知っていた。砦の周辺は「私有地」の名の下に皇帝の図が張られ、星図に囲まれている。囲むわけにはいかない。されど、もし砦の付近に門が開くなら、彼らは封じ込められる。
「砦の向こうに門が来たとき、どうする?」アーシャが問う。火の粉が彼女の眼に踊る。
レンは頭を振った。「囲みはしない。それが僕の掟だ。だが――」言葉を切り、彼は砂を掻き寄せる。掌に数粒の星砂を載せた。星砂は、彼らが共同で作った記録媒体だった。夜に歩いた跡がそこに吹き付けられると、砂が光を放ち、道路の記憶を物質として残す。レンはそれを使って、歩いた道を星図に「訴え」させる。だが、古い文献が示すように、星を消すのもまた砂の行為である。線を閉じるとき、砂は記憶の一部を奪う。
「ならば、共有しよう」タレクが重々しく言った。「代償はレン一人のものにしてはならぬ。誰もが彼の喪失を感じ、補い、記す。星砂に、彼の故郷の匂いや音を託すのだ」
ミリが目を潤ませ、小さな笑いをこぼした。「それならば、私たちは歌になる。記録は私たちの歌と踊り、そして子らの足跡だ」
そう決まると、動きは速かった。焚き火の周りで人々は眠り支度を整え、互いに手を取り合い、子供たちへ海のような朗らかな話を聞かせる者もいた。夜半、彼らは静かに立ち上がる。月は薄く、星は一列にずれていた。レンは自分の胸に古い風景を探すが、指先に触れるのはいつも見慣れた土地と違う冷たさだけだった。北の星の位置は以前よりも曖昧で、彼はその感覚を頼りにできない。
第一の隊が歩き始めた。古いマントをまとった老人が先頭に立ち、子供たちがその後に続く。足跡は砂に深く残った。レンは歩いた跡を追い、手のひらの星砂を撒く。砂は光を帯び、淡い線を描く。彼の手が震える。能力の発動条件が静かに満たされていく――「仲間が実際に夜に歩いた道だけ」を星図に刻める、という原則。それを実現するために、彼らは自分の身体を道具として差し出しているのだ。
第二の隊が向こうから来る頃、風が強くなった。砂が踵を覆い、行程は遅くなる。交差点が近づく。レンはミリと目を合わせ、合図を送った。二つの列がぶつかる場所に、彼は小さな円を描いた。そこで全員が集まり、名前を呼び、互いの手をとった。星砂を掌に載せて、ひとつの儀式のように唱和する声――それは新しい共同の約束になった。
だが、空のひとつの軌跡が近づいている。薄明の前に、赤い帯のような光が砂列を横切り、彼らの間をかすめた。門が予測よりずっと速く動いている。リムが泣き声を上げ、列に混乱が走る。アーシャが叫んだ。「門がこっちに来る! 西の窪地の方角だ!」
停滞させる時間はない。もし門が窪地の入口を覆えば、後続の群れは閉じ込められる。レンは手元の星砂をぎゅっと握った。ここで囲む選択肢が現れる。彼は砂を盛り上げ、円形の輪郭を砂に描