異世界転生楽器職人の魔導師 第3話「第2章」
扉を叩く音は、フィオの店の外ではなく、床板を伝う振動として届いた。耳が遠くなってからは、音の届く場所が狭くなった。指の腹で作業台を押さえ、金属や木材の微かな反響を確かめるのが、彼女の新しい聞き方だった。小さな町工房の窓にはいつもの埃が溜まり、陽射しは斑に木の匂いを浮かび上がらせる。作業台の上には、乾いた布にくるまれた笛が二本、無造作に置かれていた。一本は「音のない笛」として知られる小さな横笛だ。先端が少し欠けており、持ち主の口元にしか知られていないためか子どもたちの間で忌避されていた。
扉を叩く音は、フィオの店の外ではなく、床板を伝う振動として届いた。耳が遠くなってからは、音の届く場所が狭くなった。指の腹で作業台を押さえ、金属や木材の微かな反響を確かめるのが、彼女の新しい聞き方だった。小さな町工房の窓にはいつもの埃が溜まり、陽射しは斑に木の匂いを浮かび上がらせる。作業台の上には、乾いた布にくるまれた笛が二本、無造作に置かれていた。一本は「音のない笛」として知られる小さな横笛だ。先端が少し欠けており、持ち主の口元にしか知られていないためか子どもたちの間で忌避されていた。
「開けてください、フィオさん! すぐです!」
窓の方から駆け込む足音と、荒い息遣いが床板を揺らす。年のいったトランペット奏者のカジムが先頭に立ち、背中に古びた革袋を斜めに掛けている。彼の後ろには、背の低いチェロ弾きの女と、薄いマントをまとった若い女性のフルート奏者──三人だ。皆、顔に切迫した表情を抱えていた。言葉はわずかに震え、指先で紙切れに何度も何度も書き直したような跡が残る。
フィオは手を上げ、紙を受け取るように促した。カジムが差し出したのは、役人の通達の写しだ。重い紙は指先で触れただけでも確かな冷たさを伝えた。
「楽器の登録と一時的保管。王宮は秩序維持のため、楽器の流通を制限する──」カジムは口の端で文字を読み上げ、そこで言葉が止まった。彼の目が潤む。フィオは彼の口の動きを読む。王宮の言葉が、街の空気をひんやりさせる。
「没収、だろうね。」
彼女は指で自分の耳を軽く触れた。失った聴力は戻らない。だが、それでも彼女は知っている。楽器を持つ者たちにとって、楽器はただの道具ではない。思い出、誓い、言えなかった言葉──そうしたものが詰まっている。修理で楽器に触れるたび、フィオはその重さに手が震えるのを感じた。
「なんとか……」チェロ弾きの女が唇を噛んだ。彼女は小さな街の祝祭で弦を弾いていた。子どもを抱える身だ。楽器を没収されれば、稼ぎだけでなく、日々を紡ぐための声すら失う。「売るわけにもいかないし、壊すなんて……」
若いフルート奏者が腕を組んで、眉をひそめた。「向こうは秩序のためって言う。騒ぎが起きれば取り締まる。けど、楽器を奪ってしまえば、私たちの抗議も薬になる。音そのものを奪う──それが狙いなんだ。」
カジムはすっと肩を落とした。「外で声を上げればすぐ目をつけられる。このままでは演奏会も、子どもたちの夜の歌も、消えてしまう。俺たちの仕事は──生きていくことなんだ。楽器がなければ、飯も食えん」
フィオは黙って彼らの話を読み、作業台の上の道具を指先で確かめた。彼女の能力は静かに彼女の胸の奥で息づいている。修理した楽器に、持ち主が言えなかった一言を音色として預けられる──それが彼女の仕事の意味だ。ただし、預けた者が望まなければ鳴らせない。無理に鳴らすと、彼女の耳がさらに遠くなるという代償がある。耳を代価にしてまで強引に真実を引き出すのは、彼女が最も恐れることの一つだった。自分の手で、他人の声を奪ってしまうかもしれない。
「ここに預けるのはどうだ?」フィオは口を動かして言い、三人の顔を順に見た。声は届かないが、口の形は正確に読める。彼女が提案をしたとき、手元の小さな木箱を開け、内側の布の感触を確かめるように指先を滑らせた。「偽の修理をして、見た目だけの傷を作る。外見を痛めて移送に耐えないように見せかける。良い部分は分解して、別に保管する。私の店で共同保管する。目録を作って、誰のものかは伏せる。持ち主にだけ鍵を渡す。見張りが来たら、壊れた楽器だけを見せる」
チェロの女が眉を上げる。若いフルート奏者が口を開くと、言葉を探すように唇を震わせた。「あなた、できるのね──そういうのを」
フィオは小さく頷いた。彼女の手は速く動き、古いバネの外し方、管を外すコツ、弦の取り外しの順序を指先で示してみせる。長年の修理で培った動作は機械のように正確だ。紙に簡単な図を書き、鍵穴の位置や金具の替え方を示す。彼女の筆跡は乱暴だが、要点は明快だ。
「でも、王宮の役人が来たら、ここを調べるかもしれない」カジムが指摘する。「あいつらは賢い。隠し場所を見つけ出す道具だって持ってる」
「見張りはくるだろう」フィオもそれを知っていた。だが引き下がるわけにはいかない。目先の没収を防ぐために必要なのは、単なる隠れ蓑ではない。共同体の信頼を守る術だ。彼女は言葉を選んだ。口の動きが遅くなれば、彼らは紙に書いて確認する。
「私ひとりでは無理だ。店にあるだけの隙間と道具でできるのは限られる。だから皆でやる。分解して箱にしまえば、見た目は壊れた楽器に見える。楽器の番号は私が目録に記す。だが、鍵は持ち主が一人ずつ持つ。私が勝手に鳴らすことはしない。聴きたければ、持ち主が自分で戻ってくる。それがルールだ」
フルート奏者が小さく息を吐き、目を潤ませる。「私の妹はまだ幼いんです。夜に笛を吹いてあげる。それを奪われたら、妹の笑顔まで消える。私、どうすれば……」
フィオは彼女の震える手をとり、テーブルに置かれた「音のない笛」に目をやった。かつてこの笛を握った誰かが、それを吹けないと嘆いたのだろう。フィオはそっと笛を包み、布で包みなおす。その仕草だけで、三人の顔に安堵が広がった。物理的な保護は小さくても、誰かが見守ってくれているという事実は強い。
「承知した。今日中に何本かの楽器を分解しておく。箱を作って、持ち主の印を付ける。だが、約束してほしい。誰も私の許可なく楽器を鳴らさないこと。……私が言いたいのは、無理に音を引き出さないでほしいということだ」
チェロの女が眉を寄せる。「フィオさん、それってどういう意味なの? あなた、前に誰かの楽器を鳴らして、何かが起きたんじゃないの?」
フィオの肩が軽く震えた。彼女は過去の記憶を追わずに、作業台に置かれた若い筆を手に取り、短い言葉を紙に書いた。「鳴らせば──代償がある。私の耳が、もっと遠のく」
紙の文字は小さく、しかしはっきりしていた。三人の顔に瞬間的な理解が広がる。カジムが息を吐き、掌で額を擦る。「そりゃ……そんなことは頼めない。お前の耳は、お前の生活だ」
「それは違う」フィオは首を振った。彼女の目には静かな決意が宿る。「私の耳は代価で、誰かの声を奪うためのものじゃない。もし私が無理に音を出してしまったら、楽器の中の言葉は、誰のものでもなくなる。私が勝手に他人の心を広げる権利はない。私たちの仕事は、自分たちの声を守ることだ。代価を払ってでも真実を暴くべきことがあるときが来るかもしれない。だが、それは皆で決めることだ。私が勝手に決めることではない」
若いフルート奏者は、瞳を震わせながらも頷いた。チェロの女は手を胸に当て、しばらく黙った後、深く息をついた。「わかった。信頼する。私たちで守る。だけど、万が一のときは……どうするの?」
フィオは作業台の下から小さな鎧箱を取り出した。古い鉄の箱は何度も使い込まれて角が丸まっている。彼女は鍵を開け、内側の布を広げる。箱の中には、細やかに作られた小さな木箱が何段か収まっている。それらは分解した楽器のパーツを保護するために作られていた。
「ここに保