異世界転生城壁番の聖騎士

異世界転生城壁番の聖騎士 第20話「第18章」

夜の風は北方の石壁を撫で、ひび割れにたまった埃が小さく舞った。トウマは壁の上に立ち、長い棒でひびの深さを確かめるように軽く叩いた。彼の眼差しは、いつもより少し固い。足元では職人のリリと保養所の長だったハンスが作業台に腰かけ、地図に指を這わせている。隣には、昨夜の討論で荒々しく声を上げた青年カイルが、腕組みして辺りを睨んでいた。

夜の風は北方の石壁を撫で、ひび割れにたまった埃が小さく舞った。トウマは壁の上に立ち、長い棒でひびの深さを確かめるように軽く叩いた。彼の眼差しは、いつもより少し固い。足元では職人のリリと保養所の長だったハンスが作業台に腰かけ、地図に指を這わせている。隣には、昨夜の討論で荒々しく声を上げた青年カイルが、腕組みして辺りを睨んでいた。

「今、俺がやりたいのは決して戦闘の準備じゃない。壁を盾に討ち死にを選ぶ計画でもない。みんながいっぺんに死ぬのを避けたいだけだ」トウマは低く、しかし明晰に言った。彼の声は風に掻き消されそうで、しかし耳を澄ませば確かに届いた。

リリが顔を上げ、手を止める。ハンスは眉を寄せて首を傾げた。カイルは唇を噛み、「暴力しか残されてないって言ったのは俺だ」と短く返す。彼の声には悔悟も、激昂もある。群衆の一部は武器を整え、もう一部は恐怖で声を上げる。──分裂が町全体に波紋を作っている。

「武器を持って外へ出れば、王都の傭兵とぶつかる。被害は必ず出る。君たちだって分かっている」トウマは地図の上に自分の指を置き、北門の脇に小さく記された小門を指した。「小門を使う。城壁を使う。暴力を減らして、脱出と避難を成立させるんだ。そのために俺は壁を回る。今日、ここを俺が見回った壁にしておく。そうすれば俺は、危険を感じた者の足下に石を作れる。通路を確保して、やむを得ぬ犠牲を減らす」

「おまえの力は便利だけど」カイルが前に出る。膝の裏で短剣を擦る音がする。「――結局選べるんだろ。誰を助けるか。王に従う者だろうと、反抗する者だろうと。おまえが助けた相手は、戦後どうなる? 始末されるだけだ。選ばないで済むわけがない」

トウマは息を吸い、壁の端に寄せた杖に手を置いた。内側に向いた矢印の描かれた古い標識が、風に揺れてぎしりと音を立てる。彼の心臓に小さな波が走った。あの矢印は人々の意識を内側へ向けさせる。誰を通すかを自然と問い直させる。

「選ぶな、は簡単だ。でも選ばないでいるのは難しい。だからこそ『共に行う』んだ」トウマは指先で小門の方角を撫でるように示し、続けた。「ここを通る人たちに、通り方を教える。壁の見回りを俺だけでなく一緒にやる。今日俺が見回す範囲は限られている。でも一緒に歩いてくれれば、その範囲は広がる。誰を見捨てるかを俺だけに問う必要はなくなる」

リリの目に、つかの間の興味が灯った。ハンスはため息をつく。「壁の手入れは職人としても譲れん。もし本当に俺たちが一緒に回るのなら、補強もする。小門の軸も、錆を落として動くようにしよう」

一方で、額に汗を滲ませたカイルは拳を締めた。「だが、王都はすでに我々を危険民族と呼んだ。通すと言ったら、彼らはすぐに『反乱の手引き』だと騒ぎ立てるだろう。傭兵たちが来れば、銃火ではないにせよ、村は焼かれる。俺は仲間を守りたい」

「だから戦うんじゃない」トウマは強く言った。「俺たちが通り、移動し、見張る。その行為自体を市民の合意にするんだ。通過は公開する。人々の声を使って、誰が通ったかを記録する。暴力に対して暴力で応えるのではなく、制度を相手にさせる。証拠と手続きで、王都の噛みつきを封じる」

そのとき、広場の入口から細い紙片を持った一人の青年が走り込んできた。彼の手は震え、顔は蒼白だった。紙は王都の印章が押された公式文書の写しであることが一目でわかった。文書の上には、ひび割れた門章の図が印刷され、付随する言葉が大きな字で書かれていた。

「見ろ」と彼は息を切らして差し出す。「これは――昨夜、王都の公文書庫から写しが出た。ひび割れた門章――あれが、正式に『通行資格の基準』とされていたという、古い条例の一部だ。王都は、あの門章を根拠に通行を制限してきたらしい」

広場に一瞬の静寂が落ちる。カイルの指が震え、リリは紙を受け取りざっと目を通す。印影の下には、過去の指導者が『安全でない集団は通行を認めない』と定めた条文の断片が現れ、条文は意図的に広く解釈できる曖昧さを残していた。だが、紙の端には訂正の跡や、最近の書き換えのメモが付け加えられている。誰かが文書を改竄しようとして失敗した痕跡だ。

「これが公に出れば、門司令の言い分は揺らぐ」ハンスが言う。「だが王都は――黙ってないだろう。証拠が出たからといって、我々の危機が終わるわけではない」

「分かっている」トウマは紙を見ていた。ひび割れた門章の図は、まるで過去の傷を誇示するかのようにそこにあった。「だがこれは重要だ。制度の正当化に使われてきたものが、瑕疵だと示せる。市民が自分たちの言葉で通行を要求できる材料だ。暴力に訴える前に、手続きを用いる余地を作れる」

──だが余地は薄い。現実は、カイルたちと同様の思いに囚われる者が多い。昨夜の会合でも、適切な手続きで何度も粉砕されてきたという恨みが噴き出した。行動を待つ時間が、人々の恐怖を怒りに変える。誤った犠牲はすぐそこにある。

「じゃあ、どう動く?」カイルが低く問いかける。「一部が逃げ、一部が残る。それは選別じゃないか。そうしてしまっていいのか」

トウマは地図の上の線を指でなぞり、小門から続く壁際の道筋を指し示した。「一度に移動するんじゃない。分割して、列ごとに通す。見張りは市民と守備隊が組む。記録者を置いて通過した者の名を記す。誰もが自分の番を待つ。武器を持っている者は、通行の前に武器を預けさせる。もし誰かが暴力を振るえば、その場で記録して王都に知らせる。暴力の正当化はさせない」

カイルは短く笑ったように見えたが、目には未だ疑念があった。「話で通るとは思えない。腕っぷしでしか通じない相手だっている」

「腕っぷしが効く相手は、その腕っぷしを使わせない方が安全だ。武力衝突になれば、被害は広がる」トウマは冷静に返す。「それに、ここで見せている案は、いつでも戦いに切り替えられるようにしてある。だが、俺の望みはその道を使わないことだ。戦うのは最後の手段だ」

準備は始まった。リリの工夫で小門の軸は軽くなり、ハンスは外壁の一部に木材の支えを入れた。町の女性たちは毛布と食料をまとめ、老人たちは通過の記録帳を整理した。トウマは自ら先頭に立ち、彼が今日回る範囲を示すために壁上の巡回路を歩き始めた。彼が一度でも足を置いた壁だけが、今日の夜に石の足場を生むことができる。だから彼は一つ一つ、確かめながら歩いた。風は冷たく、手の甲が綻びるように寒かった。

巡回中、道端で酒を煽る者がいた。彼は拳を振り、トウマに小馬鹿にした声をかける。トウマは余裕を持って会釈するだけに留めた。もし向こうが腕を振るえば、暴力は起こる。だが護る者としてのトウマは、選んで助けることをしてはならない。選択は壁を内側から壊す。俺のその言葉が、彼の背筋に冷たい痛みとなって返ってきた。壁の痛みが、夜半にじわりと身体の奥に染み入るように。

巡回を終えたとき、彼の肩に違和感が走った。小さな亀裂が脳裏にあって、まるで石壁の裏側から針を刺されるような痛みが腕を貫いた。これは代償の予兆だ。彼は息を落ち着け、深呼吸をした。能力の代価と制約はいつも正確にやってくる。足場を「誰に出すか」で選ぶという誘惑は、人間がいる限り生まれる。