異世界転生城壁番の聖騎士 第19話「第17章」
朝の冷気が北壁の石積みにこびりついていた。トウマは短い足取りで見張り台を降り、手早く巡回帳に線を引く。彼が今したいことは明快だった──傭兵たちの動向を正確に把握し、民を隠れ家に追い込まないこと。だが妨げははっきりしている。王都の命を帯びた傭兵隊は数を増し、目に見えない圧力を町にかけてきた。声を上げる者には逮捕の脅し。逃げ出す者には道を塞ぐように指示された「内側を向く矢印」の木札が、あちこちに打ち付けられている。
朝の冷気が北壁の石積みにこびりついていた。トウマは短い足取りで見張り台を降り、手早く巡回帳に線を引く。彼が今したいことは明快だった──傭兵たちの動向を正確に把握し、民を隠れ家に追い込まないこと。だが妨げははっきりしている。王都の命を帯びた傭兵隊は数を増し、目に見えない圧力を町にかけてきた。声を上げる者には逮捕の脅し。逃げ出す者には道を塞ぐように指示された「内側を向く矢印」の木札が、あちこちに打ち付けられている。
「今日の巡回隊は四つ、雨戸の裏と東塔の影を重点に頼む。連絡は三拍の旗だけで。大声は上げるな、傭兵の耳を引くから」
と彼は、職人のリナに向かって短く指示を出す。リナは両腕に煤の跡を残したまま、手の中の釘箱を閉めてちょっと笑った。
「分かった。監視網の配列は私が直す。外れた人が出たら、こっちからひと声かけるわ」
「ジャン?」とトウマが振り向くと、元傭兵らしい背の広い男が腕組みして立っていた。ジャンは昨日、村の若者たちを集め、武器の手配を訴える声を上げていた。彼の目はまだ戦場の臭いを忘れられない。
「戦わないのか、トウマ?」ジャンの声は低い。背の壁を壊してでも通す、という言葉が喉元で渦巻いている。
「戦えば、傭兵の言い分に付け込ませるだけだ。狙いは我々を分断して、理由を作ることだ。情報を遅らせれば、被害は小さくなる」トウマは冷静に言うが、腹の奥の疼きが消えるわけではない。戦いを避ける──それが信頼の試練になることを彼は知っている。仲間たちは彼の言葉を受け入れても、疑念は消えない。
見張り台の影で、老医師のカエルが包みを抱えて近づいてきた。声はいつもの柔らかさだが、眉間の皺は深い。
「徴発が来て、我々の薬も狙われた。夜中に市場から持っていくって。人心が荒んだら、怪我も病も増える」
「補給線を読めばいい。傭兵は夜の収集を好む。女と子供を先に移せば、犠牲は減る」トウマは短い提案を重ねる。守るべき相手──彼の守る対象は具体的だ。避難を求める人々と、彼が最初に助けを求めてきた顔の列。だが守り方は、誰かを門の外に追い出すことではない。
彼が石段を上がり、城壁の縁に立つと、矢印の木札が朝日にかすかに光っていた。すべてが「内側」を示している。矢の先が人を城内へ向け、通行を誘導するように──しかし、その矢印は同時に心理も誘導している。外の恐怖に対して扉を閉ざすことが善であると、人々に刷り込む。トウマは拳を握った。
その時、下の通路で幼い声が上がる。小さな男の子が、転んで足を滑らせたのだ。壁の縁が崩れている部分の近くだった。群衆がざわめき、誰かが「待て!」と叫んだ。トウマは条件反射で手を伸ばす。朝の巡回をすませたばかりの壁だった──今日、自分が見回した壁だけに、能力は働く。
冷えた匂いが鼻孔を突き、足元の石が瞬間的に膨れ上がった。男の子の足下にただちに三つの小さな石の足場が生まれ、彼は不思議そうに立ち上がった。群衆の中に溶けるように、石は消えていった。痛みがトウマの背骨を走る。鋭く、針が突き刺さるような痛みだ。壁の奥から冷たい絆創膏を切るような感覚が広がり、彼は一瞬しゃがみ込みそうになる。
「やめて、トウマ!」ジャンの声が届く。ジャンは戦の準備をしていた者たちをなだめるように制し、しかし眼差しは何かを問いかけている。トウマは息を整え、冷たい空気に顔を向けた。
「選ぶな。選ばなければ、壁は崩れない」彼はかすれた声で言った。能力の禁止──敵味方を選んで足場を与えることは、城壁を内側から蝕む。選ぶことは、彼自身の肉に代償として返ってくるのだ。だからこそ、彼は戦いではなく避難の道を選ぶしかない。
その日の午前、トウマは見張り網を再編した。尾根に立つ見張り二人は、矢印の方向を逆探知する役目を与えられる。街角の店主には目立たぬ合図を教える。リナには、壊れやすい道具を隠して夜間に搬出する小回りルートを確保してもらう。カエルには、けが人や子供をすぐ移せる臨時包囲所の計画を任せる。ジャンは不満げだが、彼が朝に確保してきた若者たちを、物資の護衛と見張りに回した。
「情報だ。傭兵は足を止める者を分断して、一つずつ秩序を作る」トウマはリナに囁いた。「こっちが一方的に攻めれば、あいつらの口実になる。だからじっと見て動きをつかもう。夜の動きは特に注意だ」
監視は単なる立ち回りではない。トウマは防災施設時代の癖を抜け目なく用いた。見張りは一定のリズムを持たせて交替し、見落としを減らす。小さな旗は予め決めた合図での三拍・二拍・一拍にし、誤認を防ぐ。情報は片端から記録され、危険度が一から五までの数字で掲示板に貼られた。民は数値を見て行動を選ぶ。自分たちで判断できるようにする──それがトウマの目的だった。
だが、誰もが納得するわけではない。午後になって、作業小屋の前に若い男たちが集まり、拳を握った。目は光る。ある者は彼らに木の柄のついた鋭い道具を渡し、別の者はトウマの背を押すようにして言った。
「我らの家を守るのに、見張りだけで何ができる。待っている間に傭兵は物を持っていく。行動しない者は滅ぶ」
「分かる」トウマは静かに答えた。「でも、行動の仕方が問題だ。誤った衝突はもっと多くの血を呼ぶ」
ジャンは彼に近づき、指を壁に当てるようにして言った。「君の能力があるだろう?使えば道は作れる。味方にしか使わなければ、外は傭兵が塞がれて、我々は戦える」彼の声には desperation が混じる。だがトウマは首を振る。選ぶことは禁忌だ。味方だけに足場を与えれば、壁は内側から崩れる。その結果は、彼自身の肉に返るだけでなく、門全体の崩落を招き、結果としてもっと多くの命を閉じ込める。
「選べば門が壊れる。君たちの言う『味方』と『敵』の線引きは、明日には変わる。誰が味方で誰が敵か、王都の命令でどんどん変えられていく。僕はその橋渡しをしたくない。ここの人たち全員が渡れる道を作る。皆で見張って皆で動くんだ」トウマの言葉は時に説得力を持ち、時に脆く音を立てる。
夜に入ると、傭兵の火の列が近づいてきた。遠くで馬のいななきが聞こえる。見張りの若者が低い笛を吹く。それは「接近」の三拍で、各所が緊張に包まれる合図だ。トウマは小さな声でカエルに言った。
「小門を一度だけ試す。誰も通らない小門を、暗闇に落として誰も傷つけないように確認する。夜の搬送路になるかもしれない」
カエルは包帯をぎゅっと握り、うなずいた。「私たちが皆でやれば、死人は少なくなる。痛みは、少しでも減らせるだろう」
十人ほどの小さな抜け穴チームが選ばれた。彼らは工具を抱え、音を立てぬように足を忍ばせた。全員がトウマの前を通る時、彼はこわごわと足元の空気を確かめる。朝の巡回で確保した壁だけが彼の力を受ける。彼は深呼吸をし、ただ「危ない」と感じる者ごとに足場の生成を許した。兵隊や反乱者など、誰が敵か味方かと線引きはしない。群衆として危険と判断した者に、等しく道を与えた。
足場を何度も作るたびに、壁だったものがきしみ、背中に波状の痛みが来る。だが今は選ばない。選ばぬことで壁を守る。他者にこのやり方を教える余裕はない。だが彼は考えを巡らせていた。能力だ