異世界転生城壁番の聖騎士

異世界転生城壁番の聖騎士 第21話「第19章」

朝の光はまだ薄く、北門の石肌に冷たい銀を落としていた。トウマは腰にぶら下げた粗末な地図を広げ、ひび割れの走るラインを指でなぞる。今日はやらなければならない仕事が山ほどある。門の補修。見張りの仕組みづくり。なにより、足場を独占させないための「共有」のやり方を人々に教えること――それが今、いちばんしたいことだった。

朝の光はまだ薄く、北門の石肌に冷たい銀を落としていた。トウマは腰にぶら下げた粗末な地図を広げ、ひび割れの走るラインを指でなぞる。今日はやらなければならない仕事が山ほどある。門の補修。見張りの仕組みづくり。なにより、足場を独占させないための「共有」のやり方を人々に教えること――それが今、いちばんしたいことだった。

「今日はどの区画を回るんだ?」と、腕を組んで立つ帽子の男が訊いた。そばには鉄槌をかついだ女工房主ミラと、年老いた石工ルード、そして鉄帯を締め直す守備隊長セランがいる。避難民の代表のリンナは、朝の薄氷を踏むように静かに待っていた。皆、それぞれ別の理由でここにいる。守る対象は顔ぶれのすべてだ。トウマは目を一つずつ向け、声を落とした。

「北西の塀から小門回りまで、俺が今日見回る。あの区画に目印をつける。見回した壁だけ、俺の能——足場が働く。だから、皆でそのルートを一緒に歩いてくれ。補修の手伝いと見張りの訓練を兼ねる。ここで覚えたことは、誰にでも使わせる。俺だけのものにはしない。」

ミラが鼻を鳴らした。「あなたの石があるからって、全部人に踏ませられるの?」

「踏ませる」――言葉に、セランが反射的に眉を寄せた。守備隊長の顔には、現代的な合理性と古い軍の習性が混ざっている。彼は立場上、誰を通すかを決める責任を常に背負っていた。トウマはその目の硬さを知っている。

「踏ませる、ではなく、使い方を知らせるんだ。俺の足場は、俺がその日見回った壁の上にしか出ない。しかも、俺が“選ぶ”ために出すものじゃない。危険が現れて、助けを求める形ができたら、そこに出る。それと――」

トウマは言葉を切った。掌の皮膚の下で、昨日の痛みがまだ針のように疼く。誰かを明確に『敵だ』とか『通してはならない』と指定するような行為は、壁を内側から崩してしまう。その代償を彼は知っていた。言葉に出さずとも、ルードの目がそれを読み取った。

「選ぶな、と。」ルードがひとつ頷く。年老いた手が砂を払うように壁に触れ、古い補修跡を撫でた。「それでやるなら、石は俺らの手で直す。誰かが独り占めする道具なら、その場でぶっ壊す。」

ミラは腕を組み、すぐに顔を綻ばせる。「いいじゃない。私、知りたいの。どうやって見張るの。いつもは見張りって言っても、棒を立てて、夜はただ順番で歩いてた。けどあなたの言うことを合わせれば、もっと安全にできるかもしれない。」

リンナは小さく笑って、子供たちに笑顔を向ける。「子供の手は小さいから、私たちが先に手を取って歩きます。あなたの足場が出るときに皆で声を合わせる。そうしたら、誰も見落とされない。」

賛成と懸念が混じる輪ができた。セランは渋りながらも、最終的に顎を引いた。「お前の言い方なら、運用次第だ。だが、役所が来たらどうする。彼らは数字と秩序を求める。好き嫌いで門を扱えば、問題が起きる。」

「だからこそ、今日ここでルールを作るんだ。」トウマは地図を折り畳むようにして懐にしまう。「誰かを特別扱いにしない。助けを求める合図は決める。その合図を受けたら、俺は反応する。見張りは複数で行い、補修の判断も共同で。物資の配分は職人に委ねる。軍の指示でなく、ここにいる人たちの意思で決めるんだ。」

合図のアイデアはすぐに形になった。赤布を三枚つなげた大きな旗。鐘の代わりに用いる金属盤。夜間には光の合図――松脂を塗った棒を掲げて点滅させる。単純なシステムは市民の手に馴染みやすく、誰でも使える。だが、形ができても壁は石のままだ。修繕が必要だ。

作業は昼まで続き、汗とほこりが交互に顔をなでる。ルードは古い章の余白を覗き込み、ひびを広げていた。ミラは鉄の支えを打ち込み、若い職人たちは石を運び、避難民の中から手伝いに出た者は、皆手慣れた手つきで砂と石灰を混ぜる。セランは不器用だが、腕っぷしで崩れそうな小さな梁を支える。トウマは端から端まで歩き、声を上げて指示を出し、時折自分の手で石を押し込む。

「ここは薄い」とトウマが呟く。小門近くの角は、内側からの圧力で欠けていた。指で押すと、かすかな振動が掌から伝わる。彼はその壁をその日の見回りの最初に触った。だから、その壁は今日、彼の能力の作用範囲に入っている——足場が出せる場所だ。

午後になり、訓練の時間が来た。子供たちは不安そうに列をなしているが、目は興奮に光る。トウマは彼らを小門の前に並ばせ、赤布を上げさせた。合図だ。彼は深く息を吸い、ゆっくりと周囲を見た。見回った壁に集中する。足場は目に見えるものではない。だが、彼の腹の底に「生まれる」感覚がある。冷たい石の匂いと、遠くで流れる小川の音が混じる瞬間、足元で何かが固まる気配がした。

「来い」とだけ言って、彼は一歩引いた。子供たちが恐る恐る前へ進み、ぴたりと足を置く。新しく出た石の感触は、冷たくてざらついていた。子供の靴が音を立てる。歓声が上がる。ミラが笑い、ルードが目を細める。

「ほら、見えたか?」とリンナが囁いた。だがその矢先、外側に立っていた数人の武装した地方民兵が、列の一人を指差して叫んだ。「あいつはよそ者だ。通すな!」

指差した男は、旅に疲れた顔をしていた。だが、民兵の言葉には声の力があり、習慣に根差した恐れがあった。セランの表情が硬直する。彼の中で「誰を通すか」を決める古い性癖が顔を覗かせる。トウマはその瞬間、鋭い冷気のような予感を感じた。選別という行為の輪郭が、空気を切って近づいてくる。

「やめろ!」トウマは叫んだ。自分でも驚くほどの勢いが込み上げる。彼は言葉で縛ろうとしたが、民兵の一人が男を押し止め、誰かが扉を塞ごうとする手をかけた。その瞬間、北門の内側で、石の繋ぎ目が小さくひび割れ、砂煙が舞った。音は低く、内側から石が爪を立てるような不協和音だ。

腹の奥で、刃が転がるような痛みが走った。トウマは息を吐き出し、すぐには倒れなかったが、両膝が震え、手のひらから汗が滴った。壁の一角が少し崩れ、内側の石屑が落ちた。誰かが叫び、子供が泣き出す。民兵の顔に恐怖が走った。

「選ぶんじゃない」——痛みとともに、トウマの体に刻まれたルールが響いた。あの古い代償が現実に戻ってきたのだ。声に出したくはなかったが、体が先に反応する。セランは咄嗟に民兵の腕を掴み、「何をしている!」と怒鳴った。民兵は狼狽え、押し問答が減速する。ミラは素早く梁を差し入れ、ルードが落ちた石を掻き出しにかかった。

「すまない」と、トウマは低く言った。痛みはすぐには消えない。胸の奥で、石が擦れるような感覚が続いた。だが、これを罵るだけでは事は済まない。彼は立ち上がり、声を平静に戻した。

「ここは誰かの利権にする場所じゃない。誰かだけを選ぶための道具にしてはならない。これからは――選別の場面が出たら、この場で議論する。俺はその場で石を壊すことだってする。独断で決めるやつは、ここから出ていけ。」

民兵の一人が顔を赤らめ、肩をすくめる。場はぎくりと静まり返る。リンナが前に出て、ゆっくりと歩み寄ると、民兵の指差した旅人の肩に手を置いた。「彼の名はカイ。昨日、娘を失ってここに来た。詳しいことは聞けないけど、彼は危険じゃない。私たちが見て、全部で判断する