異世界転生影縫師の護衛騎士

異世界転生影縫師の護衛騎士 第4話「第3章」

夕暮れが路地の石畳を紫に伸ばすころ、セイはミラの影をじっと見つめていた。細く、ところどころ糸のほつれのように欠けが現れている。歩幅を合わせて並んで歩くと、その欠けはミラが一歩踏み出すたびに小さく波打ち、まるで本体とは別の都合で動いているように見えた。

夕暮れが路地の石畳を紫に伸ばすころ、セイはミラの影をじっと見つめていた。細く、ところどころ糸のほつれのように欠けが現れている。歩幅を合わせて並んで歩くと、その欠けはミラが一歩踏み出すたびに小さく波打ち、まるで本体とは別の都合で動いているように見えた。

「ここで止まって、少しだけ見せてくれ」
セイの声は低かった。いつもの店先で使うような、修繕を頼む客に向ける声だ。ミラは伏し目がちにうなずき、壁の光に影を寄せた。人々の足音と台所の鍋の音が入り混じる、その雑踏の中でだけ、二人は目立たぬように動いた。

「縫うの、今?」ミラの手がセイの袖を軽く掴む。冷たさと緊張が指先を伝う。
「一度だけだ。歩けるようにするだけ」セイは答えながら、右手の指先で自分の胸元に当てがった黒い指輪に触れた。黒糸の指輪。出自も用途もわからぬまま、路地で拾った小さな環だが、何かが起きるときに、セイはいつもその表面を撫でてしまう癖があった。

「信頼してる?」彼は、能力を使う前の形式を無意識に口にした。能力は信頼する相手にしか働かない。言葉よりも重い、その確認は、無言の契りのようなものだった。ミラは目を見開き、はっきりと頷いた。口には出さないが、背中を押す者が必要だったのだろう。彼女は小さな声で、「セイ、お願い」と言った。

セイは片膝をつき、影に触れる。冷たい空気が皮膚を滑るように通り過ぎると、影の縁に細い黒い線が一本、針目を打つ音もなく伸びた。糸は指先から紡がれるわけではない。彼の視界の端に、目には見えぬ黒い縫い目が生まれ、影のほつれをぎゅっと引き寄せていく。ミラの足の動きが一瞬、止まりかけた。だが次の瞬間、引き締まった影が彼女を一歩支え、身体が滑らかに前へ出た。

「ありがとう」ミラが小さな息をつく。だが笑顔はなかった。嘘をつかなければ、縫い目は害をなさない。だがもしその後で、誰かが嘘を吐けば、縫い目は刃へと変わる。セイの胸にその言葉が冷たく落ちる。彼はいつも、その重みを知っている。だからこそ、信頼の確認は決して軽くない。

「嘘は――」セイは言葉を切った。必要以上に説明することは、時に相手を縛る。ミラは小さく笑ってから、つぶやいた。「嘘はつかない。……ここにいる人たちのことを、守るための嘘はしない」

その言葉で、セイの心の奥にある責任感がピクピクと動いた。守る対象は、ミラだけではない。いつかこの路地に逃げ込んだ全員、初めて彼を頼った人々——目を潤ませながらも顔を上げられない女、子を抱えて必死に笑う男、身体を槍のように固めて通りを見張る老人たち。彼らの影が、裁定に怯える日々が、セイの中で一つの輪郭を持ち始める。

その瞬間、路地の入り口近くで声がした。取引小屋から出てきたらしい、薄絹の衣をまとった男が大声で笑っている。彼に続くのは、名札も制服もない小さな集団。商売人か、それとも替え玉を斡旋する連中か——いずれにせよ、空気が変わった。

「今日の相場はいい。王都からの注文だ、若い女、健康なら高値だ」男の声に、小屋の中の別の声が重ねられる。「欠けがあってもどうにかなる。こっちで整えればいい」
その言葉を聞いて、セイの肩の奥が冷えた。替え玉の市場は、影裁の仕組みによって回っている。裁定騎士団が影を読み、役に立たないと判断した者の代わりに、誰かが金でその場を埋める。金は家族を救う一方で、別の人間の自由を奪う。

「ぬしはどうする、今夜は買うか?」男の隣に、小柄な女が立っていた。彼女の目は疲れており、薄い笑いの奥に何か哀しみを抱えていた。取引の言葉は優しくも残酷だ。金のある者は選び、ない者は替え玉に出される。商売が制度として根付いている限り、善悪は値段で量られるらしい。

その会話に混じって、路地の向こうから別の声が飛んできた。年配の男、ジャロだ。彼はこの辺りで小さな行商をしている。ジャロの目が黒糸の指輪に止まる。彼は指輪をまじまじと見て、眉をひそめた。

「その指輪……裁定の紋じゃないか?」ジャロの声は小さく、しかしはっきりしていた。周囲が一瞬静まった。セイの指が指輪を隠すように動く。拾ったときにはただの装飾だと思っていた黒い環に、誰かの記憶が反応する。それが裁定騎士団に関わるものだという噂が、こうして路地に流れている。

「んなはずは——」男が舌打ちをする。彼は取引小屋の主で、目が笑っていない。ジャロはさらに言葉を続ける。「あれは裁定騎士団の儀式に使うという。紋の方向が同じだ。んなものを路地で見かけるとはな」

その言葉は特別な意味を持っていた。裁定騎士団は影を裁く役目を負っていると人々が言う。紋章にまつわる道具が流出しているとすれば、単なる市場の横取りでは済まない。セイの背筋が一つ伸びる。黒糸の指輪を拾ったときの記憶が薄くよみがえる。指輪が落ちていた夜に、どこかにあった裁定所の焚火の匂いがしたような気がした。だがそれはただの気のせいかもしれない。

そのとき、ミラが小さな声で話し始めた。彼女の言葉は初めて自分の過去を口にするように軽く、しかし確かな調子だった。

「母さんは、王都に行ったことがあるって。仕事を探すって言って……でも戻ってこなかった」彼女は石壁に寄りかかり、遠くを見るような目で続ける。「代わりの衣を縫って渡されて、週間ごとに誰かの家に行かされてたって。私の記憶じゃない、母さんの話だって、けど——そこから、私たちが逃げてきたんだ」

セイはその断片を受け止める。言葉は欠片であり、それがすべてを語ってはいない。だが繰り返される被害の輪郭が、確かにそこにある。裁定騎士団の手続きは秩序を保つためだと言われるが、現実は秩序という錦の下で人の移動と記憶を制御する機構になっているらしい。欠けた影は、単なる身体の異常ではなかった。誰かが誰かの背負うべき過去を削ぎ取り、新しい役を当てがうことで秩序を形成しているのだ。

「それで、王女の替え玉って話は?」ジャロが静かに問いかける。彼の問いに、ミラは口を噤んだ。口の中に溜まった塩のようなものを吐き出せないでいる。替え玉の話は、身を守るために沈黙を強いる。

だが細工屋の女が舌打ちして言った。「近頃は権力の側が、身元の薄い人々を狙う。王家の保身のために使える顔を探している。金が絡むと、役に立つ者はすぐに消される」

それは決まり文句のようであり、同時に恐ろしい真実だった。セイの手が、無意識に影の薄くなった自分の輪郭を探した。縫うたびに自分の影は薄くなる。誰かを救えば、彼の存在が少しずつ削られていく。それでも、彼はミラの側にいた。なぜなら、誰かが最初に手を差し伸べてくれたのだから。

「ここは黙っていても安全じゃない。替え玉は誰にでも来る」セイは低く言った。「ただ守るだけじゃなくて、誰かにこの仕組み自体を問いかけるべきだ。人々が『自分の言葉』で意思を示す場が必要だ」

ジャロが眉を顰めた。「そんなことを言って、どうやって?」彼の問いは現実的だった。路地の外では既に取引の話が進み、夜にはより組織だった人間が動く。証拠と声を集め、制度を公の前に晒すには勇気だけでなく計画がいる。

セイは答えを持っていなかったが、考えは形を取り始めていた。個人の救済は、やがて制度との衝突に繋