異世界転生影縫師の護衛騎士

異世界転生影縫師の護衛騎士 第27話「第二部幕間」

セイは指先で布の縁を確かめるように、小さな灯りの下で裾を引き寄せた。針仕事は――いつだって彼を落ち着かせた。布と糸が揃えば世界は一針ごとに整っていく。だがこの夜、針先から落ちる影のほうが気になって、彼は縫い目に集中できなかった。足元の影が、いつの間にか薄くなっている。三日前に使った縫いの代償が、まだ消えずに残っているのだ。

セイは指先で布の縁を確かめるように、小さな灯りの下で裾を引き寄せた。針仕事は――いつだって彼を落ち着かせた。布と糸が揃えば世界は一針ごとに整っていく。だがこの夜、針先から落ちる影のほうが気になって、彼は縫い目に集中できなかった。足元の影が、いつの間にか薄くなっている。三日前に使った縫いの代償が、まだ消えずに残っているのだ。

「休め、セイ」とライラがドアのところで声をかけた。護衛隊の若き隊長の声には疲労が混じっているが、それ以上に期待が滲んでいた。彼女はここ数か月でこの町の顔になっていた。セイは彼女の目を避けるように布を折り、針を置いた。

「まだ仕事があるだろう?」ライラは近づいて、机の上の古い黒い指輪の細い箱を指差した。箱の蓋は布で包まれている。共同体が祭壇代わりにしている小さな棚の脇、それはもう物語になっていた。彼女の指先が一瞬、箱の縁に触れてから離す。

「渡すものがあると聞いてさ」ライラは続けた。「お前が教えてくれた合意の手順、もっと広めたい。外の町からも問い合わせが来てる。だが……隊を育てるには、実演が必要だ。説明だけじゃ、奴らの恐怖は消えない」

セイは息を吐いた。彼が今一番したいことは、眠ることだ。自分の影が薄くなるのを中和する時間を、身体に与えたい。だけど守る対象――この路地の人々、ミラ、最初に手を差し伸べた者たち――が今ここにいる。求められたら背を向けられないのが彼の癖でもあった。

「実演は短くする」セイは静かに言った。「合意がある相手にだけ。嘘や強制がある場では、動かさない。最小限だ。やり方を変えた。儀式にして、証人を立ててから縫う」

ライラは頷いたが、目は揺れていた。「隊員の一人が、片脚を引きずってる。昔の傷で、走れない。訓練に支障があると……彼自身が望んでいる。お前の縫いで一度だけ支えられるなら、彼は訓練に戻せる。だが、隊の士気を高めるには、もっと見せる必要があるんだ」

「見せる」と彼女が言う言葉に、セイは小さく笑ってしまった。「見せ物にするつもりはない。教えるんだ、分かち合うために。だが一度だけ、見本を見せるのは構わない」

彼らは少しの準備をして、小さな広場へ出た。月は雲に隠れて、夜の冷たさだけが残る。隊員の一人――名はトール――が歩いてきた。片方の足をかばうようなぎこちない足取りに、かつての戦闘の跡を隠しきれない。

「同意はあるか?」セイはトールに声をかけた。儀式の最初の問いだ。彼は振り返り、水を飲むようにゆっくりと頷いた。周囲に座っている共同体の者たちが手を出して、同意の印として指と指を絡める。見える化された合意。それがセイの新しい約束になっていた。

だが儀式の中で、彼は常に同じ確認をした――相手の語る事情に虚偽はないか。縫い目は嘘に反応して刃になる。かつて、うかつに縫った一度が刃と化して仲間を傷つけかけた恐怖は、まだ胸に刺さっている。だから彼はトールの目を見つめ、ゆっくりと問いを重ねた。

「君は自分の症状を誇張していないか? 薬が欲しいと嘘をついていないか? 彼の言葉に誰かが付け加えていないか?」

トールは息を吐く。細い声で答えた。「俺は痛い。訓練に戻りたい。嘘は言わない」

それを聞いたとき、セイの胸が少し軽くなった。彼は黒い糸を針に通し、布のように見える空の縁――影のほつれを探した。能力の起点は、確かな「信頼」だ。信頼できる相手の影に触れると、糸は抵抗を見せる。縫い針が沈むとき、彼の背後で影がふるえる。彼はいつもそれを感じる。布を繕うときの、繊維のひそやかな鳴りに似ている。

糸を通す。針は影の端をとらえ、ゆっくりと動いた。縫いは短かった。布を一度だけ引き寄せるように、トールの脚の動きに微かな補助が入った。足首の筋肉が不意に軽くなったように見え、トールは驚いて目を見開いた。彼の歩幅が一歩だけ、大きくなる。

それと同時に、セイは自分の影がまた薄くなるのを感じた。足元の暗がりが手ではじかれるように、霧のように薄くなっていく。彼の胸が突き上げられ、世界の端がぼやける。やがて、過去の断片が欠ける。台詞の続き、ここに来る前に立ち寄った屋台の女将の顔、それがふっと消えかける。記憶の隙間だ。縫いの代償はただ影を失わせるだけではない。短い欠落が彼の頭を襲う。

「セイ!」ユナが叫んで手を伸ばす。小さな記録係の女は、セイの肩を掴んで名前を呼び、存在を引き戻す。彼はその声に針金のように引き戻され、深い息を吐き、床に膝をついた。

トールは片足を庇いながらも、目を瞠ってセイを見た。「効果は……あったようだ。驚いた。まるで根付いた痛みが一瞬消えたみたいだ」

ライラが寄り添い、トールの背を叩いた。「無理をしないでくれ、セイ。儀式にしたって、君には代償がある」

セイは肩をすくめた。痛みは言葉に出せない。記憶の欠落は短時間だが、彼には怖かった。小さな空白の中で、自分が誰かにとって何だったのかを確かめずにいられなくなるからだ。彼は針と糸を仕舞い、周囲の顔を見た。

「これでいいんだ」と彼は言った。「これで十分なことは、教えられる。だが、俺はもう一人で全部を背負わない。合意の手順を文に起こして、各地の隊に配る。訓練を受けた者だけが、実演を行う。俺は顧問として動く。前で旗を振る人は、君たちだ、ライラ」

若い隊長の顔が緩んだ。彼女はセイの言葉に、安堵と寂しさが混じった表情を見せた。「あなたがいなくなるわけじゃない。だけど……頼む。無理はしないで」

彼は頷いた。決意は、夜気に溶けずに固まっていた。使い方を制限すること。それは彼の能力を渡すのではない。むしろ、力が独占されることを防ぐ手段だった。彼は能力を「治療」や「修復」に限定し、同意と証人のある場でのみ発動する。戦場での一方的な差配はしない。仲間達もその方針に同意している。合意の儀式は、縫い目が刃になるリスクを回避するための倫理であり、また共同体の態度を変える教育の中心になるだろう。

「黒糸の指輪はどうする?」ユナが尋ねる。彼女は箱を見つめ、触れてはいない。あの指輪はかつて裁定騎士団の儀式具だった。多くの血と嘘を見てきたものだ。今は箱の中で、共同体の証拠として保管されている。

セイは手を伸ばして、箱を開けた。中の指輪は予想より軽く見えた。黒い光を微かに帯びているが、それはもはや恐るべき神具ではなかった。彼は指輪に触れずに言った。「遺物として残す。誰もそこに力を見いださないように、記録として。儀式の説明書と一緒に保管する。忘れるためではなく、学ぶために」

ライラが微笑んだ。「記念、だね。戒めでもある」

その言葉に、誰も反対しなかった。共同体はそれが正しいことを感じていた。力は封じられ、物は記憶として残される。力が支配を生むのではなく、経験が次の世代を導く。セイの願いだった。

翌朝、セイは小さな会合を開いた。外の町からの使者が訪れていた。遠方の村長は文化を守るために合意の儀式と護衛隊の法的位置づけを学びたいと言ってきた。要求は真摯で、怪しい約束や即応の軍事的介入を求めるものではなかった。セイは立ち上がり、ゆっくりと話した。

「教えるが、俺は戦場の英雄にはならない」と彼は言葉を切った。「私は縫う人間だ。糸を